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「数理・データサイエンスと大学」インタビュー

第21回 広島大学 AI・データイノベーション教育研究センター センター長 土肥 正 教授 実践実務教育に重点を置く独自の履修モデル
産学の緊密な連携教育で「地方創生」に資する高度人材を育成

数理・データサイエンス・AI教育強化事業の中国ブロック拠点校である広島大学。文部科学省の「成長分野を牽引する大学・高専機能強化支援事業(ハイレベル枠)」に選定されるなど、独自の高度情報専門人材育成のカリキュラムが注目され、国立大学でありながら情報科学部の大規模な定員増も実現している。実践実務教育に重点を置いたプログラムや履修モデル制度について、センター長の土肥正教授に聞いた。

国立大学で初めて「コーオプ教育」を導入

─ 広島大学のデータサイエンス教育の取り組みについて教えてください。

コンピューターサイエンスとデータサイエンスを融合した教育を行う拠点として情報科学部を開設したのが2018年です。その後、AIの研究開発の隆盛に対応するため、2022年から学部カリキュラムを改編し、2コース制から計算機科学・データ科学・知能科学の3つの重点領域に対応した主専攻プログラム制に再編しました。2年次にこの3つの主専攻プログラムから1つを選択するようになっています。

カリキュラムの再編と同時に、実践実務教育に重点を置いた「基礎」「融合」「実践」の3つの履修モデル制度を新たに導入しました。広島はものづくり産業が盛んな地域なので、地元の地方創生に資する人材を育成し、産業界からの要請に応えることが目的です。

まず「基礎履修モデル」は、必修と選択必修の単位を取得し、最終学年では担当教員の下で個別に研究課題を設定します。研究や実験、議論を進めて卒業論文を完成させるという一般的な履修の仕方です。

「融合履修モデル」は、2年次まで情報科学部で基礎的な専門科目を修めた後、3年次から例えば薬学部や経済学部など他学部の講義を受講し、その分野の知識を修得します。卒業論文では情報科学部の主指導教員と他学部の教員が共同で研究指導に当たります。デジタルトランスフォーメーション(DX)は今やあらゆる分野で必要とされており、情報科学の学問的背景を持った学生が、さまざまな領域でスムーズにDXを推し進めていける能力を獲得させることが目的です。

「実践履修モデル」は産学連携教育の一環で、学生を長期で企業に派遣し、大学に在籍しながら実践的なトレーニングを行うもの。いわゆる「コーオプ教育(Cooperative Education)」※です。学生は3年次の後期4カ月と4年次の後期4カ月の計8カ月間、企業で実務に関するトレーニングを受けます。企業から労働の対価として給与を受けながら必要なスキルを磨くことができます。

もちろん、大学は企業に教育を丸投げするのではありません。教員もあらかじめ研修内容を確認し、学生に事前教育を施した後で送り出すようにしています。デジタル分野における正規課程としてのコーオプ教育の導入は、国立大学では初めての試みです。これにより卒業後に即戦力となる高度な情報人材を育成したいと考えています。来年度の3年次からこれらの新たな履修モデル制度がスタートします。

─ どんな業種の企業に学生を派遣するのですか。

現在、自動車や半導体関係、電力、銀行など6社ほどの企業に参加していただいており、来年度以降はさらに増える予定です。コーオプ教育の重要な目的として「学び直し」があります。企業で経験を積んだ後に大学へ戻り、自分が本当に必要な学問を再度学び直した上で、また4年次の後期から元の企業に戻り研修を受ける。そうした繰り返しの教育が重要だと考えています。

産学が連携して優秀なデジタル人材を地元につなぎとめる

─ 育成したデジタル人材を地元に留めるために、どのような工夫をしていますか。

地元の企業と連携した教育が必要だと考えています。広島県はものづくりの集積地ですが、実は18歳人口が流出する県でもあります。特に情報系の学生の多くは東京へと流れてしまう。地方の企業においても情報人材が必要とされている事実を学生は知りません。

そこで実践実務教育における第1のレイヤーとして、ものづくりの企業や金融業界、マーケティング業界などさまざまな分野の企業を招いた「オムニバス講義」を全学部生を対象に用意しています。「情報処理と産業」「データ科学とマネジメント」の2講義で、一つの講義当たり7社に来ていただき、その企業のDXの取り組みだけでなく、今どういった職種で高度情報人材が必要とされているのか、産業全体の具体的な話をしてもらっています。

第2のレイヤーとして、9月の夏休み期間中に1週間という短期で、履修モデルの種類にかかわらず学生を企業に派遣し、より実践的なトレーニングを積んでもらいます。「プロジェクト研究」と称していますが、人数は25〜30名弱。今年は3社に学生を受け入れてもらいました。企業が主体的に行う通常のインターンシップと違い、これは単位化されます。そのため大学の教員も企業に行き、成果物などを確認して厳密な成績評価を行っています。

そして第3レイヤーに相当するのが、実践履修モデルを選択した学生を企業に8ヶ月間派遣する前述の「コーオプ教育」になります。

また、自治体との連携も重要です。広島県には「広島県未来チャレンジ資金 個人向け修学資金貸付制度」があり、情報科学部のうち50名に毎年奨学金を支給してもらっています。対象となる学生には、学部4年間と博士課程前期2年間の6年間、月々5万円、計360万円の奨学金が支給されます。卒業・修了後8年間、広島県内の企業へ就業すれば、返済が免除される仕組みになっています。

産学官の連携で、広島県に毎年50名以上の人材を留めることは、われわれの責務となっています。それも単に企業が今欲しい人材をそのまま提供するのではなく、あくまで大学と企業が一緒になって、中長期的視野に立ち、真に必要なデジタル人材を育成することが重要です。

女性人材を企業や学部は本当に求めている

─ いつ頃からこうしたカリキュラム改革を構想されていたのですか?

2021年頃からです。契機となったのが文部科学省の事業「魅力ある地方大学の実現に資する地方国立大学の定員増」でした。広島大学は2022年に同事業に選定され、2023年度から学部入学定員が80名から150名へ倍増されました。通常、国立大学の定員増は認められていないため、実は各大学間で大変な激戦だったのです。選ばれるためにはどんなカリキュラムが望ましいか、どういった能力を持った学生を輩出するのか、まずはビジョンを描きました。そして学内で前述の3プログラム制・3履修モデル制や留学制度、奨学金制度など、大学の入口から出口までの検討を重ねた上で実施に移しました。

さらに2023年度には、文部科学省の「成長分野を牽引する大学・高専の機能強化支援事業」のうち、高度情報専門人材育成の取り組みを行う大学を対象とした部門(ハイレベル枠)で選定されました。これにより情報科学部は2025年度から180名、編入学定員は従来の5名から20名へ定員増が認められ、1学年200名体制になります。その対応のために大学院も2027年度から、情報科学関連プログラムの博士課程前期入学定員が現在の38名から170名へと増員される予定です。

─ 今、情報科学部の学生の男女比はどのくらいですか?

やはりまだ女性は少ないです。今年は学部150名に対して女性は20名ほど。データサイエンス系は女性に非常に向いている学問分野で、就職先も女性の感性や能力を活かすのに適しています。本当に女性が求められていることを学部のメッセージとして伝えるために、入学者選抜に「女子枠」を設置することを大学として検討しているところです。

地域のそれぞれの大学にあわせたカリキュラムや教材を開発

─ 広島大学は2022年に数理データサイエンス・AI教育強化事業の中国ブロック拠点校に選出されました。中国ブロックの現状と今後について教えてください。

中国地方には小規模な女子大学や短期大学もあり、リテラシーレベルの申請にしてもなかなか足並みが揃わないのが実情です。各大学で学生の知識レベルもかなり異なっており、各大学のカリキュラムの中に情報・データサイエンス教育を位置づけるための独自の工夫を行う必要があると考えています。そこで広島大学では、広島県内の文科系の大学と教材開発を協力し、各大学に合ったカリキュラムを共同で開発しています。今年度は4つの私立大学と教材開発に取り組みました。全体を俯瞰しつつ、中国地方5県の国公私立大学や高等専門学校におけるデータサイエンス教育全体のレベルを高めていく取り組みを進めています。

─ 最後にデータサイエンティストを目指している若い学生たちに向けてのメッセージをお願いします。

研究においてはどれだけ新しいアイデアの引き出しを持っているか、つまりどれだけ経験しているかがものを言います。ですから、今の若い次世代のデジタル人材の方たちには、どんどんチャレンジをして、さまざまな経験を積み、自らの能力の引き出しを増やしていっていただきたいと思います。

その意味では情報科学以外の他分野についても学ぶ「融合履修モデル」や実践実務経験を涵養する「実践履修モデル」はまさに有効で、多様性のある高度情報人材を育成する重要な取り組みであると私は考えています。今までにない高等教育機関の取り組みであるだけに、ぜひ多くの方からその評価、ご意見をいただければと思っています。

Profile 土肥 正

広島大学工学部第二類(電子・電気系)を卒業後、1991年、同大学大学院工学研究科博士課程(前期)修了。ブリティッシュ・コロンビア大学客員研究員、デューク大学客員研究員などを経て2002年広島大学大学院情報工学専攻教授。2018年、同大学情報科学部副学長、2022年、同大学情報科学部学長。90年代は主にオペレーションズ・リサーチの研究、中でも「信頼性・保全性の基礎数理」など信頼性工学の数理モデルに取り組む。2000年代からはコンピュータサイエンスの分野で、ソフトウェア工学や性能評価理論の研究をしている。

※コーオプ教育:米国や欧州で実施されている就労体験型学修プログラム。大学が主体となり企業での研修内容の管理運営を行い、単位としても認定する。

参考資料