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「数理・データサイエンス・AIと大学」インタビュー

第22回 金沢大学 数理・データサイエンス・AI教育センター
センター長 谷内 通 教授/前センター長 山本 茂 教授
「金沢大学ブランド人材」の育成に向けて
全学横断でデータサイエンス教育に取り組む

金沢大学は2年前に、数理・データサイエンス・AI教育強化事業の北信越ブロック代表校に選出され、数理・データサイエンス・AI教育センターを創設した。金沢大学が掲げる未来ビジョン「志」に基づき、社会の中核的リーダーたる「金沢大学ブランド人材」の育成に向けたデータサイエンス教育の概要を、山本 茂 前センター長(写真左)、谷内 通 現センター長(写真右)のお二方に聞いた。

北信越ブロック代表校と同時にセンター開設

─ 金沢大学は2022年に数理・データサイエンス・AI教育センターを創設し、山本先生が初代のセンター長を務められました。当時のことをお聞かせください。

山本 前センター長(以降山本):センター立ち上げの契機は、文部科学省から第2期数理・データサイエンス・AI教育強化拠点コンソーシアムの北信越ブロックの代表校に指定されたことです。第1期ではこのエリアは中部・東海ブロックに含まれていて、私たちは富山大学、福井大学とグループを組み、データサイエンス系の授業の単位互換などに取り組んできました。やがて当学独自の教育プログラムを作り、活動を本格化しようという段階になって、新ブロックとして独立したのです。同時に、社会科学の特定分野校の指定も受けたことから、これは力を入れて取り組まなければと、当時学長補佐だった私がセンター長に任命されました。

当初は、北陸3県と長野県、新潟県の大学に向けて、コンソーシアムへの加盟を呼びかけるところからスタートしました。それからは、積極的にシンポジウムを開くなど、代表校として北信越ブロックを盛り上げる活動を少しずつ展開してきたところです。1年半ほど経って、今年の4月から谷内さんにセンター長を交代しました。

谷内 現センター長(以降谷内):私の専門は実験心理学で文系にあたりますが、山本先生と一緒に学長補佐を務めていたこと、また当学における「生成AIのガイドライン」を決めるワーキンググループを担当していたことから、センター長の役目を仰せつかったのかな、と思っています。金沢大学の和田隆志学長も「データサイエンスはもはや理系だけのものではない」という考えをお持ちです。

専門科目の中にデータサイエンス要素を散りばめる

─ 独自の教育プログラムとは、どのような内容ですか?

山本:「データサイエンス特別プログラム」というのが正式名称です。本学には現在、融合学域、人間社会学域、理⼯学域、医薬保健学域の4つの「学域」に、20の「学類」があります。以前の「学部」「学科」を再編成したものです。

谷内:10年ほど前に、KUGS(金沢大学<グローバル>スタンダード)と称し、本学が育成するべき人材像を明らかにしました。共通教育科目のカリキュラムもKUGSに沿って大幅に見直しました。2年前からは、未来ビジョン「志」のもと、社会の中核的リーダーたる「金沢大学ブランド人材」の育成を進めています。

山本:データサイエンス特別プログラムの特徴は、全学必修で1年次の第1クォーターで受講する「データサイエンス基礎」に加えて、それぞれの学類に応じた授業を履修することで、自然と「認定」を得られることです。それぞれの講義が持つデータサイエンスのスキルを事前に調べて登録しておくことで、学生が受講した授業に含まれるデータサイエンスのスキルが一定の基準に達していれば、「リテラシーレベル」と「応用基礎レベル」の学力がついたとして修了認定します。

谷内:例えば、文系の授業でもデータ分析など、コンソーシアムのモデルカリキュラムの要素が入っていれば、カウントされるわけです。さらに、学内のアワードシステムとして、リテラシーレベルの中でも「ブロンズ」「シルバー」「ゴールド」「プラチナ」の4ランクに分け、少しずつレベルアップできるようになっています。「一覧の中から何単位取りなさい」という形ではなく、学生は自分の興味がある講義を選択しているうちに、自動的に修了認定を得られる仕組みです。

山本:特に、融合学域は3年前に新設された学域なので、当学域の学生は全員が修了認定を取得できるように、どんどんデータサイエンス系の要素を盛り込む方向でカリキュラムを変えているところです。

谷内:私が所属する文系の人間社会学域でも、ある程度までの認定は取れることになっています。この2年間に、全学で約4300人の学生がリテラシーレベルの認定を取得しました。

山本:1年次の第1クォーターに全学必修の「導入科目」としてデータサイエンス基礎を学ぶことで、必要な要素がかなりカバーできますからね。

生成AIをうまく使うためのガイドラインを作成

─ センターができてからの2年間で、学内にはどのような変化がありましたか?

山本:最も大きいのは、学域だけでなく大学院の共通教育科目にも、具体的には博士前期課程には「数理・データサイエンス・AI基盤」、博士後期課程には「数理・データサイエンス・AI発展」を設け、文系理系いずれの大学院でもデータサイエンスに触れることができるようにしたことです。

谷内:コロナ禍にe-ラーニングでスタートして、今年から一部で対面授業を開始したところです。全学共通科目なので、人文社会系、理工系、医薬保健系の大学院生が一緒になってグループワークに臨み、最後にはプレゼンテーションを行います。留学生もいるので授業は英語で、来年度からは全面的に対面で行う予定です。

─ 独自に「生成AIのガイドライン」を作られたのですね。

谷内:はい。ChatGPTなどの生成AIツールはいま目覚ましい進化を遂げ、社会にイノベーティブな影響を与えていますが、その半面、学生が使う上では注意が必要です。授業の課題を単にAIに解かせても、自分の能力は向上しません。たとえ大学は卒業できたとしても、AIがなければ何もできない空っぽな人間になってしまう。大学は「置き換えのきく人材」を大量生産する場ではありません。

そこでガイドラインでは、課題に取り組んだり論文を執筆したりするときに、AIを使う際には十分に注意をするよう促しています。同時に、キーワードの分からない分野での文献収集やアイデア出しのヒントを得る、英会話の相手として活用するといった場合にはAIの利用が有益である例を明記しました。

山本:教員側も、課題の出し方に工夫が必要になりましたね。プログラミングでも学生がAIに「このコードの意味を教えて」といえば、一瞬で解説してくれますから。

谷内:ガイドライン作成のワーキンググループにはAIに詳しい先生はもちろん、文系の先生や英語教育の先生などにも参加してもらい、現状でどんな使われ方をしているか、それぞれの分野でどんな問題点が指摘されているかを調べました。さらに、うまく活用するにはどんなことが必要か、著作権などの問題はどうすればいいかを整理して、報告書にまとめたのです。それを学内の情報戦略会議で検討し、報告書の骨子を抽出して、教職員・学生に向けて公開したところです。

山本:また、マイクロソフト社と包括ライセンス契約を結び、「Copilot(コパイロット)」は使える態勢を整えました。

谷内:Copilotに入力したデータは学外へは流出しない契約になっています。ですので、ある程度は安心してAIを使用できる環境は整っているわけです。ただ、研究者になって知識とスキルが身に付いている状態で作業効率を上げるためにAIを使うのはよいのですが、学生のうちから深く考えないで使うのは危険です。結局は、「自分がどういう人材になりたいか」を見極めたうえで、自らの創造性や批判的思考力を伸ばしながら、何かに挑戦したり、独創性を磨いたりするのにうまく使ってほしい。その辺のリテラシー教育もしっかりやっていく必要があると思っています。

高度情報専門人材を育成する支援事業により定員増加

─ 先生方は、ご自身の研究を通してデータサイエンスの有用性や面白さをどのように感じますか?

谷内:学生時代に統計処理を知る前と後とでは、考え方が変わりましたね。大事な判断をしたとしてもそれは絶対ではないし、統計的検定を使えば、誤りの可能性をどの程度含んでいるかも分かります。相関関係や因果関係が見つかったとして、その背景にどういう要因が影響を与えているか。統計学をデータ処理のツールとして使うだけでなく、判断の仕方が 確率論的になったと思います。また、統計処理についても、興味のあるテーマに沿って、自分で取得したデータを自分で分析することで、初めて理解や技能が身に付くことを実感しました。だからこそ、いまのPBL(課題解決型学習)は意義深いと思っています。

山本:私の専門は「制御系設計理論とその応用」で、数理に近い分野です。企業との共同研究などで、現場の課題を数学的な形に落とし込み、抽象的に考えることで解決できたときは、本当に面白いし、やりがいを感じますね。

─ データサイエンス教育の今後に向けた抱負をお話しください。

山本:2024年度には、国の「高度情報専門人材の確保に向けた機能強化に係る支援」で、融合学域の「スマート創成科学類」が35人、理工学域の「電子情報通信学類」は40人の定員増が認められました。また、融合学域の「観光デザイン学類」も、「魅力ある地方大学の実現に資する地方国立大学の定員増」事業に採択され、35人増えています。観光デザイン学類は特定分野校(社会科学)に選定され、「文理融合データ駆動型観光科学教育によるイノベーション創出の展開と普及」事業を推進しています。学生の増加に対応して、教員も増やしていきますし、数理・データサイエンス・AI教育センターの活動もますます充実していくことが期待されます。

谷内:入試制度についても、データサイエンス分野に特に興味を持つ人に入学してもらう特別枠も設けました。これからも、社会のニーズに応じた人材を育成し、輩出していければ、と思っています。

Profile 山本 茂(左)

大阪大学基礎工学部制御工学科を卒業後、1989年、大阪大学大学院工学研究科博士課程(前期)修了。1996年、同大学博士(工学)。大阪大学助手、講師、助教授を経て2007年、金沢大学大学院自然科学研究科教授。2008年、同大学理工研究域電子情報学系教授。2018年、同大学理工研究域フロンティア工学系教授。2020年、同大学学長補佐(学生募集・高大接続担当)を併任。2022年、数理・データサイエンス・AI教育センター長を併任。2024年、融合研究域融合科学系教授。専門は、制御系設計理論とその応用。

Profile 谷内 通(右)

金沢大学文学部行動科学科を卒業後、1994年、同大学文学研究科博士課程(前期)修了。1997年、同大学社会環境科学研究科博士(学術)。新エネルギー・産業技術総合開発機構最先端分野研究開発室提案公募研究員、日本学術振興会特別研究員を経て、2000年、金沢大学文学部助手。同大学講師、助教授、准教授を経て、2016年から現在の人間社会学域人文学類教授。2020年、同大学学長補佐(企画評価・教育改革・学生募集・高大院接続担当)。2024年、数理・データサイエンス・AI教育センター長を併任。専門は、実験心理学。