トピックス
- 第1回 滋賀大学 竹村彰通教授
- 第2回 東京大学 駒木文保教授
- 第3回 慶應義塾大学教授・ヤフー株式会社CSO 安宅和人氏
- 第4回 放送大学学園 有川節夫理事長
- 第5回 大阪大学大学院 教授、基礎工学研究科 研究科長 大阪大学 数理・データ科学教育研究センター センター長 狩野 裕教授
- 第6回 北海道大学 大学院教授、総長補佐、総合IR室副室長 数理・データサイエンス教育研究センター センター長 長谷山美紀 教授
- 第7回 京都大学情報学研究科教授、国際高等教育院附属データ科学イノベーション教育研究センター長、学際融合教育研究推進センター高度情報教育基盤ユニット長 山本章博教授
- 第8回 筑波大学システム情報系教授 情報学群長 / 情報環境機構長 和田耕一 教授
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第9回 九州大学大学院システム情報科学研究院情報知能工学部門教授、
数理・データサイエンス教育研究センター センター長
内田誠一 教授 -
第10回 日本電気株式会社 AI・アナリティクス事業部
AI人材育成センター センター長、 NECアカデミー for AI学長、
シニアデータアナリスト 孝忠 大輔 氏 - 第11回 株式会社Preferred Networks PFNフェロー 丸山 宏 氏
- 第12回 横浜市立大学大学院データサイエンス研究科 研究科長 医学部臨床統計学教室 教授 山中竹春 氏
- 第13回 文部科学省 高等教育局専門教育課企画官 服部 正 氏
- 第14回 立正大学データサイエンス学部教授 渡辺 美智子 氏
- 第15回 滋賀大学データサイエンス学部 准教授 村松千左子 氏
- 第16回 東京大学 大学院情報理工学系研究科 附属情報理工学教育研究センター数理・情報教育研究部門 山肩洋子准教授
- 第17回 九州大学 マス・フォア・インダストリ研究所 産業数理統計研究部門 廣瀬雅代 助教
- 第18回 神戸大学 数理・データサイエンスセンター センター 小澤 誠一教授
- 第19回 東北大学データ駆動科学・AI教育研究センター センター長 早川 美徳教授
- 第20回 名古屋大学 数理・データ科学教育研究センター センター長 武田 一哉 教授
- 第21回 広島大学 AI・データイノベーション教育研究センター センター長 土肥 正 教授
- 第22回 金沢大学 数理・データサイエンス・AI教育センター センター長 谷内 通 教授/前センター長 山本 茂 教授
- 第23回 東京科学大学DS・AI全学教育機構 機構長 小野 功 教授/前機構長 三宅 美博 特任教授
「数理・データサイエンス・AIと大学」インタビュー
機構長 小野 功 教授/前機構長 三宅 美博 特任教授 AIの開発・利用における倫理や
法制度まで教え、起業する力を育む
東京科学大学は、東京医科歯科大学と東京工業大学が統合して2024年10月に誕生した国立大学だ。統合前の2019年、東京工業大学では理工系の総合大学の強みを活かし、大学院においてデータサイエンス(DS)とAIに関わる全学教育を日本で初めて導入。それを基盤として社会的課題解決を図れる「共創型エキスパート人材」の育成を推進している。小野功機構長(写真左)と三宅美博前機構長のお二方に東京科学大学のデータサイエンス教育の取り組みを聞いた。
多様な専門性を持つ院生が協働して社会的課題解決に挑む
─ 東京科学大学に統合する以前の、旧東京工業大学ではDS・AI教育を最初に「大学院全学教育」として立ち上げました。そのねらいを教えてください。
三宅 前機構長(以降三宅):他大学では一般的に、学部の1年生から基礎・応用と、順次レベルを専門化していく方式が採用されていますね。しかし大学院から始めれば、修士なら2年、博士でも3年でDS・AI人材を社会へ送り出せます。しかも彼らはそれぞれ専門を持っています。そうした高度な人材を迅速に提供できるメリットがあります。
大学院での全学教育は、旧東工大が理工系のみで、文系学科を持っていなかったからこそ可能だったと思っています。とはいえ、理工系といえども材料科学や生命科学を学んでいる学生の中には、DS・AIに苦手意識を持つ人もいて、全学教育まで持っていくのにはかなり困難が伴いました。2019年に全国に先駆けて「DS・AI大学院全学教育」を開始し、翌2020年からは、情報系の教員だけでなく、全部局の教員が参加して一緒に教える方式を採っています。これもかなり難易度の高いものでした。
─ 「DS・AI大学院全学教育」の特徴はどんなところにありますか。
三宅:高校を卒業したばかりの学部1年生にDSを教える場合、対象は皆均質ですよね。しかし大学院生はすでに専門の道に進んでいますから、まず1つ目の特徴として「多様な専門性を持った人々が学ぶDS・AI」を目指しました。
2つ目の特徴として、最先端企業45社と連携し、各企業の方々に実践系の科目の講義をしてもらう「企業と大学の共同教育」を実施しています。これによりさまざまな専門分野の融合を促し、社会的課題を解決していく人材を育成するのがねらいです。それぞれ異なる専門を持った院生たちが集まり、協働して課題解決に当たらせています。このようにして育成される人材を私たちは「共創型エキスパート」と呼んでいます。
─ 「共創型エキスパート」とは、どのような能力を持った人材なのでしょうか。
三宅:3要素あると考えています。まず「DS・AIを理論的に理解して駆使する力」を身につけてもらいます。2つ目にデータサイエンティストは異なる分野の人と交流する必要がありますから、「DS・AIを共通言語として交わる力」を身につけてもらう。さらにエキスパートたる彼らはこの分野の次の世代を育てていく使命も担っています。したがって3つ目として「DS・AIを教える力」も求められます。
この「駆使する力」「交わる力」「教える力」の3つを身につけた「共創型エキスパート人材」を育成するため、学部生から大学院生までの一貫した全学教育プログラムとして拡大展開を図りました。そして22年に文部科学省よりデータサイエンス教育強化拠点校の認定を受け、現在に至ります。

45社から講師を招聘専門外の業種の話も聞ける
─ 具体的なプログラム内容について教えてください。
小野機構長(以降小野):プログラムは、学士課程から博士後期課程までの全学生を対象とした内容で、理工学系から医歯学系にまたがる広範な領域をカバーしています。
1年次に学ぶ「リテラシーレベル」と2年次に学ぶ「応用基礎レベル」が文科省により認定されています。「リテラシーレベル」と「応用基礎レベル」はプログラムを修了すると就職活動などにも活用しやすい「オープンバッチ」という形で修了証をスマートフォンで受け取れるようになっています。
その上の大学院になると、「エキスパートレベル」と、最先端の生成AIなど発展的な内容を学ぶ「エキスパートレベルプラス」を設けています。
「エキスパートレベル」は、DSとAIの理論的なところを学ぶ「基盤」と、実際にそれをプログラミングしてコンピュータ上で使ってみる「演習」が対になっています。
また「応用実践系科目」では、前述の「企業との共同教育」が行われます。連携した企業は、金融、素材、エネルギー、製薬、情報通信サービス、製造、建設、不動産、自動車、輸送、商社など45社。それぞれの現場でDSやAIがどう利活用されているかを企業の方々に講義していただいています。
学生たちは「DSやAIを学べば、企業のこういうところで活躍できるのか」と具体的にイメージできるようになります。自分の専門とは違う分野の会社も覗けるので「インターンシップの参考にもなる」と非常に好評です。1科目で3〜4社の話が聞ける構成になっており、教える企業側からも人材獲得の期待を集めていて、まさに「交わる力」を養成する場になっています。

教える力と専門性を兼ね備えた「ティーチングフェロー」を育成
小野:大学院には、さらに、「DS・AIを教える力」を養う「ティーチングフェロー(TF)育成プログラム」を用意しています。3つのステップを踏んで、ティーチングアシスタント(TA)としての業務などを経験することで、ポイントが積算されていき、最終的に「教える力と専門性の両方を備えている」と判定されると、授業の一部を担当できます。つまり、それまでの「駆使する力」のところで単位をしっかり取っていることが一つの条件になっているわけです。
三宅:昨年4月に募集を始めて今年の後期にはおそらくTF第1号が誕生します。TAについては各大学で実施されていると思いますが、博士課程の学生で授業を行うことのできるTFを育てるというのは、他にあまり例がありません。今後は高専や高校と連携し、例えば教育実習のように出身高校で授業をしてくるといった制度も用意していこうと考えています。教える力を身につけていることは、これから大学教員を目指す学生はもちろん、各産業界でもDS・AIを教えられる人材を必要としていますから、キャリアパス上も非常に有意義だと思います。
小野:本学の特徴をもう1つ加えるとすれば、AIの開発と利用における倫理、あるいはAIに関する法制度も含めて教えていることが挙げられます。さらには、DSやAI分野のベンチャーを起業する力を身につけさせようとしています。DSやAIの分野はものづくり系のベンチャーと違い、初期投資があまりかからないので学生が参入しやすい。学生にとってはチャンスなので、「エキスパートレベルプラス」の中の先端系科目の1つ(先端DS・AI第四)として今年度からカリキュラムに組み入れています。
三宅:ここには従来の「アントレプレナーシップ教育(※1)」を超えた新しさがあり、そこを教えることが本学らしいと考えています。実際、土日はスタートアップに時間を割いている学生もいて、ニーズもかなりあります。

スキルのアップデートを補佐する社会人教育を構想
─ 先生方のご研究にデータサイエンスやAIはどのように関わっていますか。
小野:私の研究は主として「ブラックボックス最適化」の分野です。人がある目的のために試行錯誤して最適解を導き出す過程を、「進化計算(※2)」や「強化学習(※3)」のアルゴリズムを用いて効率よく実現しようという研究です。
今のAIはお手本が必要ですよね。Chat GPTにしても人が作成したネット情報を参照しています。その意味では人間を超えていません。人が優れているのは未知の環境に投げ込まれたとき、自身の意思で試行錯誤ができるからです。その試行錯誤をモデル化するわけです。例えば、新幹線の先頭車両の形状が、それまで長く尖っていたものから、700系で角張ったものに変わりました。速度を落とさずにトンネルから出たときの騒音を減らすには、あの形でないと駄目だった。その形状を導くための試行錯誤を進化計算で行ったのです。
将棋や囲碁のコンピュータ対局には強化学習が使われています。プロ棋士でさえ見たことのない手を、コンピュータが試行錯誤により編み出していく。ブラックボックス最適化の技術はそういうところに用いられています。
三宅:私は情報系の中では「ヒューマン・コンピュータ・インタラクション」を専門にしています。人間と機械がどのように相互作用をするか。ロボットの動きに対して人間がどう反応し、どんな感情を抱くのか。その制御過程はまさに数理であり、調べるにはAIが必要になります。そして採取したデータを評価していくのは、DSの領域になります。つまりヒューマン・コンピュータ・インタラクションには、ロボットの制御に加えてAIとDSが不可欠なのです。
これまで人を評価するのは人しかできませんでしたが、AIを使えば表情や身振りなどから人の心の中の動きが見えてきます。私の研究は、アバターやロボットを人のリハビリテーションに利用するなど、AIの社会応用にあたりますが、AIの進化は非常に大きく、できることがどんどん広がってきています。今後の発展にものすごく期待しています。
─ 最後にDS・AI教育の今後に向けた抱負を聞かせてください。
小野:まずは裾野を広げていくこと。大学院でも受講する人数は増え続けていますが、まだ全員というわけではありません。全員がDS・AIについて学び、誰もが使いこなせる技術にしていきたい。さらに、DS・AIを駆使するだけでなく、それを発展させていけるトップ人材の育成も重要です。横方向と縦方向の両方で伸ばしていく必要があると考えています。
三宅:この分野は学び続けることが必要です。大学で学んだからお終いではなく、常にアップデートしていく。社会へ出て仕事をして、大学に戻りアップデートしてから再び社会に送り出す。心臓のポンプのようにその「循環」をつくっていくことがこれからの大学の1つの使命だと思います。その一環として、社会人教育をどのように行っていくかを今考えているところです。
※1 アントレプレナーシップ教育—社会課題を自ら見つけ、解決に向けてチャレンジする能力や、他者と協働し、新たな価値を創造する能力を育む教育のこと。
※2 進化計算—システムを生物のように進化させ、目的とする性能などを実現しようとする計算技法
※3 強化学習—試行錯誤を繰り返していくことで最適な方策を学習するための方法

Profile 小野 功 (左)
1970年生まれ。1994年、東京工業大学工学部・制御工学科卒業、1997年、同大学院・総合理工学研究科知能科学専攻博士課程修了。現在、東京科学大学・教育研究組織 情報理工学院教授、データサイエンス・AI全学教育機構長。進化原理に基づいた人工知能である「進化計算」や、行動戦略や制御則を学習する機械学習手法である「強化学習」のアルゴリズムに関する研究を行っている。
Profile 三宅 美博 (右)
1959年生まれ。1983年、東京大学薬学部卒業、1989年、同大学院・薬学系研究科博士課程修了。現在、東京科学大学・共通教育組織 データサイエンス・AI全学教育機構 特任教授。専門分野は共創システム、コミュニケーション科学、ヒューマン・コンピュータ・インタラクション。人が持つ主観的な時間や空間を異なる人々が共有してコーディネーションが可能になるメカニズムを、人とロボット間での同調行動に置き換え、リハビリなどに応用する研究を進めている。