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「数理・データサイエンスと大学」インタビュー

第6回 北海道大学 大学院教授、総長補佐、総合IR室副室長
数理・データサイエンス教育研究センター センター長 長谷山美紀 教授
データの力で社会をデザインする「未来人材」を創出

分野を越えたボーダレスな教育を学士・修士・博士にとらわれないシームレスなプログラムで展開する北海道大学。産官学と地域が連携するコンソーシアムを形成し、データサイエンスの研究と人材育成を両輪で進めるなど、ユニークな取り組みで先陣を切る。数理・データサイエンス教育研究センターのセンター長を務める長谷山美紀教授に、北大の目指す人材育成について聞いた。

シームレスなプログラムによる
ボーダレスなデータサイエンス教育

―北海道大学におけるデータサイエンス教育の特徴を教えてください。

私たちは4つのコンセプトを掲げています。1つは、文系・理系を問わず、あらゆる専門に必要なデータサイエンスの基礎力を身につけさせること。今年度から全学2600人を対象に、AI開発言語「Python」のプログラミング教育を開始しました。

2つめは、ボーダレスなデータサイエンス教育の展開です。IT、AIの高度化を背景に、急速にデジタル化が進む中、専門分野に限らず広くデータの利活用ができる知識人材を輩出していく必要があります。

3つめは、学士・修士・博士にとらわれないシームレスなプログラムであること。北大では以前から、社会人が修士や学部の教育科目を履修できるようになっていましたが、それを積極的に拡大していきます。社会で通用する実践力の養成には、ボーダレスな教育だけでなくシームレスなプログラムが不可欠なのです。

4つめは、産学官が連携した実践的な人材育成基盤である「北大モデル」の構築です。大学、企業、自治体の三者が互いに知見を持ち寄り、育成した人材の活躍の場までも提供する本学独自の取組です。このモデルは、Society5.0時代の新しい大学の機能になると考えています。

―文系・理系を問わないデータサイエンス教育は、どのように実施しているのですか。

ICTの仕組みを活用した「数理データサイエンス教育プラットフォーム」を独自に開発しました。学生は、LMS(Learning Management System)である教育プラットフォームにログインしてプログラミング演習などのe-Learning教材をブラウザ上で利用できます。これらの教材は、スマートフォンやタブレット端末でアクセスすれば、自宅でもどこでも受講できます。また、教材閲覧や演習の進捗状況は、併せて開発を行った「履修データ分析ツール」を教員が使うことで、一人ひとりの学習進度が手に取るように分かります。

また、学生の独習を促すための動画教材を放送大学との共同研究により開発しました。文理を問わない全学の学生を対象として、データサイエンスの素養を身につけるために適した内容で45分間の番組を47本選定しました。学生が自由に動画教材を閲覧し、教員は教育プラットフォームを通じて授業で利用することができます。さらに、これらの動画すべてに英語のキャプションを付け、留学生に向けた学びにも対応しました。

本学では、センターが独自に開発した「Pythonプログラミング演習」が、今年度の「情報学Ⅰ」の授業で実際に利用されています。200人規模の学生が1つの教室で一斉にプログラミング演習を学ぶことができているのも、こうしたICTを用いた独習型の教育プラットフォームを実現したことの成果です。e-Learningによって学生の事前学習を充分に支援し、授業では講師やTAが学生の進捗状況をリアルタイムでモニタリングしながら、細やかなサポートを行っています。これにより、文理を問わない全学を対象とした数理・データサイエンス教育を実現しています。

こうしたスタイルを取り入れたのは、「学び」を生活の一部にしてほしいという思いがあるからです。独習して、分からなかったら授業で質問する。自身の理解に合わせて進めることができます。すでにいくつかの大学から教育プラットフォームを利用したいと依頼が来ています。今後は、学生だけでなく社会人のリメディアル(補修)教育にも使ってもらうことを考えています。

数理・データサイエンス教育研究センターが中心となり
企業・自治体との連携を推進

―人材育成の「北大モデル」とは、どのようなものですか。

文部科学省の補助事業「データ関連人材育成プログラム(D-DRIVE)」に採択された取り組みで、北大を中心とする産学官が連携するコンソーシアムを形成し、参画する企業や自治体と連携しながら人材育成の基盤を構築するものです。このコンソーシアムでは、企業との共同研究により、産学連携のPBL(Project Based Learning=課題解決型学習)を進めます。

本学のD-DRIVE事業で最初に取り組む分野は、「インフラ維持管理」です。NEXCO東日本、東京地下鉄などの企業が参画する「次世代スマートインフラ管理人材育成コンソーシアム」をスタートしました。このコンソーシアムでは、企業との共同研究によって、最先端のデータサイエンス・AIに関する研究を行い、博士学生は、研究者として雇用されることで、積極的に参加しています。こうした仕組みを実現できたのは、企業の協力があったからこそ。企業側もそれだけ、産学連携による実践的な共同研究により人材育成を同時に進める、このコンソーシアムの活動に期待してくれているのだと思います。

民間企業との共同研究に学生が参加するためには、発明情報や秘密情報の取り扱いを徹底しなければいけません。そこで、学生を雇用して共同研究に参画するための契約のルールをベースにして、共同研究で発生する発明や秘密情報の取り扱いをまとめたガイドラインを作り学生に周知しています。このようにして、コンソーシアムに企業が参加しやすくなる仕組みを目指しています。「北大モデル」の実現で、本学が先鞭を付けることで、他大学でも同様の取組を実現できるようになると考えています。

日本には社会インフラ産業だけでなく、深い技術やノウハウをもつ産業領域がたくさんあります。インフラの維持管理の次は、「次世代工学リーダー人材育成コンソーシアム」や「数理化学人材育成コンソーシアム」など、他の分野への展開を進めています。

―この他にも、画期的な産学官連携の取組があると伺いました。

本学では、札幌に本社を置くニトリホールディングスとIT産業振興を推進する札幌市との3者間で、未来を担うIT人材の育成に関して連携協定を結びます。

この連携協定にあわせて、ニトリによる寄附講座が8月1日付けでセンターに設置されます。ニトリの保有するデータに加えて、同社の取り組みを共有し、3者が連携しながら、研究と人材育成を進めていきます。企業のデータと課題をテーマに、学内における公募型研究も行います。寄附講座にはニトリ社内のデータ分析の研究グループも参画しますので、大変良いコラボレーションになると考えています。また、学生には企業で利用のデータベースや分析ツールに触れる機会が提供される予定です。

このような企業との連携によって、データ駆動型の新しい社会デザインのための研究を推進したいと思っています。先端的ITを活用し、データの力でみらいの社会を創造できる人材を育成し、地方創生に貢献する。―――それが、私たちの大きな目標です。

地方文化を尊重しつつ
効率的な教育の仕組みを共有

―6大学コンソーシアムの意義をどのように捉えていますか。

6大学コンソーシアムは、それぞれの大学が全学的な数理・データサイエンス教育を実施し、全国の大学への普及・展開に向けてモデルとなる標準カリキュラムや教材等を作成しています。さらに、文部科学省「大学における数理・データサイエンス教育の全国展開」に選定された20校の協力大学は、6大学の開発した教育プログラムなどを取り入れて自身の大学で固有の教育を展開することになります。

6大学が、北は北海道大学から南は九州大学まで、多様な地域から選ばれているのも、地方の意義を考えるうえで大きな意味があると感じています。日本の大学が世界に伍していくためには、トップ論文を書く力だけでなく、10年後、20年後を見据えて、未来社会を切り拓く力を備えた人材の輩出が必須です。20年後の世界には、20年後の社会を支え、さらに自分達の未来を切り拓く人材が育っていてほしいと考えています。

このように考えると、地方の持つ多様な文化とスピリットは強みになると思っています。同じ地域にあっても、得意分野を持つ個々の大学が多様なアプローチで課題解決に挑戦する――そのような多様性が次の社会を生み出す力になると思っています。

多様な特徴を活かし、大学同士が連携することで、ノウハウを共有し、具体的なプログラムの相互乗り入れを考えることで、効果的な教育の提供が可能となります。この6大学のネットワークは20大学のネットワークと連携して大きな役割を果たすはずです。

―そんな長谷山先生のバイタリティーの源は?

常に心にあるのは、「20年後の子どもたちのために」という思いです。私はこの7年間、北大で、人材育成の基盤づくりを手がけてきました。この仕事を通して私自身も大学に育てられたと感じています。それを今、実践しているのです。現代の社会においてデータサイエンスが学生の必須の素養であるように、20年後の社会に、新たに必要となる素養が生まれているのだろうと思っています。社会の変化に対応する柔軟な発想で、将来を担う学生のために、新しいフロンティア人材を育み続けられるメカニズムを大学の中に創りたい――そう思っています。

Profile 長谷山 美紀

1994年、北海道大学工学部助教授、04年、同大学大学院情報科学研究科助教授を経て、06年、北海道大学大学院情報科学研究科 メディアネットワーク部門 情報メディア学分野 教授。13年より同大学 総長補佐。17年より同大学 数理・データサイエンス教育研究センター センター長。また17年から2年間、同大学 人材育成本部 女性研究者支援室室長を務める。