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「数理・データサイエンスと大学」インタビュー

第4回 放送大学学園 有川節夫理事長 「発見」を意識してデータと格闘すれば
幸せの瞬間に出会える

1990年代に「発見科学」を提唱して注目を集めた後、九州大学の総長を務め、現在は放送大学学園理事長である有川節夫氏。文部科学省の「数理及びデータサイエンス教育の強化に関する懇談会」では座長として6大学コンソーシアム形成を牽引した。その有川氏に、放送大学との連携による教材開発の可能性やデータサイエンスの面白さ、数理分野の重要性などについて聞いた。

文理融合はデータサイエンスによって実現する

―座長を務められた「数理及びデータサイエンス教育の強化に関する懇談会」では、どのような議論がなされたのでしょうか。

現役で活躍されている大学教授や企業研究者から「産業界との連携」や「文理融合」などもテーマに、熱く、有意義な議論が展開されました。なぜ産業界との連携が必要かといえば、一つは、データサイエンスの分野は産業界の方が進んでいる部分があるからです。例えば製薬会社は、データサイエンスという言葉が広がる以前からしっかりとした研究体制を構築し、データと格闘してきました。もう一つは、データサイエンスを学ぶ上で、生きたデータを確保する必要があるからです。加工されていない膨大な生データを持つ産業界との連携は欠かせません。最初は産業界にお世話になる部分が多いでしょうが、教育、人材育成という形で後々お返しができると考えています。

また「文理融合」は以前から教育界の重要なキーワードになっていたものの、なかなか成果が現れていませんでした。私は、データサイエンスを通じて日本で初めて文理融合が実現するのではないかと考えています。いまやデータサイエンスは経済、経営、商学などを学ぶ人にも必須になっていますから。

ただし、文系の学生にデータサイエンスを教えようとすれば、理系とは違った教え方が必要になる。とにかく関心のあるところから学んでもらうのがいいでしょう。今はプログラム言語も進化し、誰でも楽に書けるようになっています。コンピュータ処理ができるようになれば、データサイエンスに対する興味も深まってきます。実際に、2020年からは小学校からプログラミング教育が始まります。そうなれば文理融合も自然に進んでいくだろうと思います。

―有川先生が理事長に就任されてから、放送大学でもデータサイエンス教育が強化されました。

もともと放送大学には統計学やデータマイニングなど、データサイエンスに関係する科目が30ほどありましたが、これを体系的に学ぶコースはありませんでした。そこで2018年度2学期から、科目群履修認証制度の新プランとして「データサイエンスプラン」を開設しました。この制度は指定の科目を履修した人をエキスパートとして認証するもので、数理的思考とデータ分析に基づいて、さまざまな問題を解決できる人材の育成を目的としています。新プランには、6大学コンソーシアムに入っている滋賀大学や北海道大学、また筑波大学や統計数理研究所の教員の方々が連携し、カリキュラムや講義を展開しています。


全国の大学で「ラーニングアナリティクス」の導入を

―放送大学ではどのようにしてカリキュラムをつくっているのでしょうか。

大学では通常、1つの科目を1人の先生が一貫して教えます。これに対して放送大学では主任講師は決めますが、教材の開発は3、4人の先生が共同して行うことがよくあります。つまり、ここでは主任講師は、講座のプロデューサーやディレクターの役割を担っているのです。授業も、何回かは、そのテーマを専門とする別の講師が担当する、といったことがよくあります。

6大学コンソーシアムも同じ形態をとっていますね。東京大学が音頭を取り、6つの大学が連携して、データサイエンス教育を全大学に展開するための教材開発に取り組んでいます。その中にオブザーバーとして教育媒体を持つ放送大学が加わり、その経験も活かして一緒にデジタル教材をつくり込んでいく。そうすればコンソーシアムに活気が生まれるはずです。逆にデータサイエンスの入り口にあたる教材は放送大学で用意してあるので、どんどん放送大学を活用してほしいと思っています。

―デジタル化された教材があれば、学生はパソコンやスマートフォンでいつでもどこでも学習することができますね。

それだけでなく、LMS(Learning Management System)を使えば、学生がいつ、どのくらいの時間をかけて勉強したかが分かります。事前に提示した資料を予習してもらって、授業では質問を受けたり、理解度を確認したりする「反転授業」も行いやすい。ログデータを解析して教育の効率化につなげる「ラーニングアナリティクス」も可能になります。データサイエンスを教育のために使うわけです。

実際に九州大学では私の退任後に、このラーニングアナリティクスを全学で展開しています。例えば、学生がデジタル教材のページをめくるスピードなども把握でき、どこで滞りがちになるか、つまり学生にとってどのページがわかりにくいかが把握できる。それによってテキストを修正したり、実際の授業で時間を費やして説明するなどして教育効果を上げることができます。教材のデジタル化はそういう意味で重要です。全国の大学でもラーニングアナリティクスを推進されるといいと思います。


科学技術や社会問題に貢献できる数学も必要

―有川先生は1990年代に「発見科学」を提唱され、当時、データマイニングの潮流とも合わさって、その基盤となる情報科学的方法を大きく発展させました。

「発見科学」は私の造語で、データから科学的な規則を見つけることです。今、人工知能は第三次ブームを迎えていますが、第二次ブームの終わり頃に、私たちのチームはオープンになっているゲノムデータを使って、科学的な規則を発見しました。

テーマは、当時盛んに研究されていた「細胞膜に関係する部分のアミノ酸配列に、どのような特徴があるか」です。私たちはアミノ酸配列を単に文字列と見て機械学習を行い、情報科学の観点からある種の性質を発見したのです。専門外の私たちが、バイオサイエンスのフィールドの人たちよりも精度の高い結果を出した。まさに情報科学の面白さです。フィールドの課題を一般化し、数学的に展開して元の問題に適用して解いたわけです。データからのサイエンティフィックな発見が機械によってできたということで、これは新しい領域だ、「発見科学」と命名しよう、と。

哲学者のカール・ポパーは「科学的理論とは反証可能なものでなければならない」と主張しました。ある仮説が観測や実験データと矛盾すれば、仮説を構築し直さなければならない。それを繰り返すことで科学的発見がなされるということです。その発見のプロセスをアルゴリズムに組み込めば、機械でも高度な発見をすることができるのです。 発見科学は面白い領域です。データから知識を発見しようとする点では、データサイエンスも同じ。「発見」を意識して、実際のデータと格闘すれば、きっと幸せな瞬間を味わえます。

―数理・データサイエンスの「数理」分野については、どうお考えでしょうか。

「数理」の重要性は言われているものの、これをどうしていくか、まだ体系化されていません。単に抽象数学をやっておけばいいというのではなく、もう少し他の学術分野や実際の社会問題などに貢献できる数学にしていかなければいけないと私は考えています。

東北大学の材料科学高等研究所は、材料科学に数学を取り入れて革新的な材料を産み出し、世界から注目されています。それを率いているのが数学者の小谷元子所長であり、彼女は文部科学省の「材料科学に係る世界トップレベル研究拠点プログラム」(WPI)という大きなプロジェクトのリーダーも務めています。科学技術に数学者が関わることは、いまや世界的潮流になりつつあるのです。

私が九州大学の総長だった時に「マス・フォア・インダストリ研究所」を設立しました。これはその名の通り「産業のための数学」の研究所です。ここでは例えば、富士通研究所と共同で「AIを用いた最適な保育所に園児を割り当てる技術」などを開発しています。兄弟姉妹を同一の保育所に入所させたいという親御さんの希望を自治体が叶えようとすれば、調整に膨大な時間がかかる。その割り当てをわずか数秒で算出するシステムです。

こうしたデータサイエンスの範疇に入らない数学的な問題というのは、社会にまだたくさんあります。「数理」をこれからどう体系化していくかは、6大学コンソーシアムに課せられたもう一つの大きな使命だと考えています。

有川節夫 放送大学学園理事長 プロフィール

1941年、鹿児島生まれ。九州大学理学部数学科卒、同大学院修士課程修了。京都大学数理解析研究所助手などを経て、九州大学理学部附属基礎情報学研究施設教授、同大学システム情報科学研究院教授、附属図書館長、理事・副学長などを歴任。2008年4月から2014年3月まで九州大学総長を務める。2015年、富士通研究所フェロー(有川ディスカバリーサイエンスセンター長)、2017年4月より現職。著書に『オートマトンと計算可能性』宮野悟共著(培風館)、『述語論理と論理プログラミング』原口誠共著(オーム社)などがある。

参考資料

講演録「オープンサイエンスとオープンエデュケーション」(有川)

発見科学(日経サイエンス、有川)

AIを用いて最適な保育所に園児を割り当てる技術