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「数理・データサイエンス・AIと大学」インタビュー
NECアカデミー for AI学長、シニアデータアナリスト 孝忠 大輔 氏 次世代の産業界を担うすべての人に
今必要なデータ教育を
数理・データサイエンス教育強化拠点コンソーシアムは2019年11月、「モデルカリキュラム(リテラシーレベル)の全国展開に関する特別委員会」を設置した。日本電気株式会社の孝忠 大輔氏は、同委員会に企業から招かれた委員の1人であり、社会人にAI教育を行う「NECアカデミー for AI」の学長でもある。産業界が求める人材像と、カリキュラムの内容について聞いた。
データを読み、扱う力に加え課題を見出す力が求められる
―孝忠さんは「NECアカデミー for AI」で学長を、またデータサイエンティスト協会ではスキル定義委員を務めておられます。産業界が求めるデータ人材とは、どのような要件を備えた人なのでしょうか。
データサイエンティスト協会では、データサイエンティストに求められるスキルセットとして「ビジネス力」「データサイエンス力」「データエンジニアリング力」の3つを掲げています。このうち大学で学ぶのはデータサイエンス力が主だと思いますが、実社会ではデータを扱う力であるデータエンジニア力も必須。もちろん、それらに加えてビジネス力も欠かせません。
政府がSociety5.0(仮想空間と現実空間を高度に連携させたシステムによって経済発展と社会課題の解決を両立させる構想)を推し進めていることもあり、IoTによってさまざまな分野でビッグデータが生まれています。データサイエンス力とデータエンジニアリング力がなければこうしたビッグデータをうまく扱えませんし、さらにビジネス力がなければ課題を見つけ出すことができません。産業界においては、この3つの力によってデータを使いこなし、ビジネスの価値につなげることが求められているのです。
―「ビジネス力」というのは、具体的にはどのような能力を指すのでしょうか。
重要なのは、課題を見つけ出し、解決する力だと思います。学生時代の試験とは違い、実社会ではまず「何が解決すべき課題なのか」がわかりませんし「正解」が決まっているわけでもない。そうした状況において、自ら課題を設定し、答えを導き出す力が必要とされます。
AI人材育成の“秘伝のタレ”を社外にも公開するアカデミー

―御社の展開する「NECアカデミー for AI」とはどのようなものですか。
社内外から人材を集め、1年間、少数精鋭のマンツーマンのレッスンでみっちりAI教育を行う育成機関です。当社では「ビッグデータブームの到来」と言われた2013年の10月、社内のシステムエンジニアを職種転換させるために、AI人材の専門組織を設置しました。ここで蓄積した知見を社外にも展開しようと、2019年4月にスタートさせたのがNECアカデミー for AIです。この6年間で、通算約100人の卒業生を輩出してきました。
当社は製造業から流通業、官公庁までさまざまな分野の企業や組織にシステムを納入してきており、幅広い課題に対応してきた実績があります。当アカデミーは、こうした実例を課題として取り上げ、実践的に学ぶことができます。
―ノウハウもコストもかかる人材育成機関に、社外からの受講生も受け入れているのは、どのような意図があるのですか。
NECアカデミー for AIを作るまでは、社員のみを対象としていました。いわば老舗の主が跡取りにだけ“秘伝のタレ”を伝承するようなやり方でしたが、これではAI人材の人数はなかなか増えていきません。当社の顧客の多くは、データを活用したいのに、データをしっかりと扱える人材がいなくて困っています。つまりわれわれ側にも、客先のカウンターパートにも、データサイエンティストが不足しているのです。
当初は他社の人材を育成することが当社の受注機会損失につながるのではないか、と危惧する声もありました。しかし、もはや一社だけの問題ではなく、日本全体でデータサイエンティストの人数を大幅に増やさなければ世界に追いつけない状況です。少しでもそこに寄与できれば、というのが当社の考えです。
―顧客側の企業内にデータサイエンティストが増えるメリットもあるのでしょうか。
今、デジタルトランスフォーメーション(デジタル化による変革)がバズワードになっています。ただ、実際にお客様の業務を考えてみると、あまりデジタル化が進んでいないのです。デジタル化を進めるためのプランを描くには、データサイエンティストが必要です。またプランを実行に移すフェーズにおいてもデータエンジニアが必要です。さらに、デジタル化が実現しても、それを現場の人が使いこなせなければ意味がない。つまり、あらゆる立場の人がデータサイエンスの素養を身につけることが重要なのです。
―社会人である受講生が一番苦労するのは、どのような点ですか。
やはり従来の発想から「データドリブンな考え方」に発想を切り替えることですね。すなわち、データに基づいて論理的にファクトを積み上げて結論を導き出す思考法です。
当社で言えば古くからの製造業ですので、どうしても長年のカンと経験に基づく、いわゆる“カンピューター”で考える伝統があり、それをどうやってデータ主導で論理的に考えるように転換していくかが課題です。ベテランほど発想を切り換えるのは難しい傾向にあります。
データ駆動社会を生き抜く知恵を学生時代から身につける
―今や「データドリブンな思考」は、学生時代から身につけるべき素養ですね。
そのとおりです。誰もがスマートフォンを持つ時代になりましたが、これはパソコンを持ち歩いているのと変わりません。もはや一般の方々がハイスペックなデジタル機器を使いこなしている時代ですから、同じように全員がデータドリブンな思考を身につける必要があります。
データ駆動社会には、良い面ばかりでなく負の側面もあります。例えば、カメラによる個人認証はプライバシー保護の問題と表裏一体のところがあります。「防犯のためなら許容するが、マーケティングに利用されるのは拒否する」などといった声もありますが、正しい判断を導くには、社会全体がリテラシーを持っていなければなりません。大切なデータを他人に盗用されないなど、デジタル社会を生き抜くためにも、サイバーセキュリティーの基礎を学んでいただく必要があります。
―数理・データサイエンス教育強化拠点コンソーシアムの特別委員会がまとめている「数理・データサイエンス・AI(リテラシーレベル)モデルカリキュラム」とは、どのような内容ですか。
このカリキュラムでは「データ思考の涵養」、つまり先ほどの「データドリブンな考え方」をサブタイトルに掲げています。
内容は「導入」「基礎」「心得」「オプション」の4項目に分かれており、「導入」では、データ・AIによって、社会および日常生活が大きく変化していることを学びます。実社会におけるデータ・AI利活用事例を通して、どのようなデータが集められ、どのような価値を生み出しているのか教えます。
「基礎」では、文字どおりデータサイエンスの基礎を学びます。データを読み解く、データを使って説明するなどデータリテラシーを高めるとともに、データを扱ううえで最低限必要な技術に触れる内容を盛り込みました。
例えば、今、新型コロナウイルス感染症の話題が社会を揺るがせていますが、マスメディアが「致死率2%」と言ったとき、どこで何人を調べて2%なのか、どのタイミングで計測した数字なのか。また医療体制が整っている場合とそうでない場合では、同じ2%でも意味が異なるはずです。それを正しく判断できるようになってほしい。
そして「心得」では、現在のデジタル社会でどんな問題が起こりうるのか、最新動向を交えて教えます。AIはまだ発展途上の技術なので、データの偏りによって誤った結果が出てしまうこともある。例えば、白人の画像ばかり学習させたAIが、黒人の画像をゴリラと判別した事例は有名です。このように、次世代のビジネスを担う大学生にも、今起こっていることを他人事でなく“肌感”で知っておいてほしいと思っています。この「導入」から「心得」までが、すべての大学生に学んでいただきたい項目です。
―最後の「オプション」とは、どのようなものですか。
データサイエンティストを目指す人や、より高度なデータサイエンスを学びたい人のために用意したのが「オプション」です。これには、統計や数理基礎、アルゴリズム、プログラミング、データ活用実践などが含まれます。
今、人を育てることが未来の日本を育てることにつながる

―カリキュラムをまとめるうえで意識したことはありますか。
産業界側の視点として「学生時代にこれだけは身につけておいてほしい」という内容を盛り込んでいます。社会へ出ると営業でも、製造現場でも、部署に関わらず数字を扱う機会が多くなりますので、データを正確に読み取るためのリテラシーを最重視しました。
また、苦心したのは「数理」「データサイエンス」「AI」という3つのキーワードを多面的に扱うこと、そして文系を含むすべての学生に興味を持ってもらえるものにすること。そのための工夫として、身近で起こっている社会の変化を中心にまとめました。
―AI人材やデータサイエンティストを育成するにあたって、孝忠さんご自身の思いをお聞かせください。
私の根幹にあるのは「日本を良くしたい」という思いです。国を良くするというとき、やっぱり最後は「人」なのです。人を育てることが、日本を育てることにつながる。今必要な知識をきちんと備えた人が増えていけば、5年後、10年後の未来は必ず良くなる。NECアカデミー for AIで社内外の人材を育成することも、大学でデータサイエンスを学ぶためのカリキュラムをつくるのも、データサイエンティストの一人として、そこに貢献したいという気持ちがあるからです。
Profile 孝忠 大輔

2003年4月、NEC入社。流通・サービス業を中心に分析コンサルティングを提供し、16年、NECプロフェッショナル認定制度「シニアデータアナリスト」の初代認定者となる。18年、NECグループのAI人材育成を統括する「AI人材育成センター」のセンター長に就任し、AI人材の育成に取り組む。また、一般社団法人データサイエンティスト協会のスキル定義委員として「データサイエンティスト スキルチェックリスト」や「ITSS+データサイエンス領域」の作成に携わる。