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「数理・データサイエンスと大学」インタビュー

第18回 神戸大学 数理・データサイエンスセンター センター長 小澤 誠一教授 学ぶ側も教える側もスキルアップを
中高生から大学生、社会人に向けた教育を展開

神戸大学は、データサイエンスに基づいた課題解決のための推進拠点として、神戸大学 数理・データサイエンスセンターを2017年に設立。企業や自治体と連携して新たな価値創造に取り組んでいる。2022年4月より同センター長となった小澤誠一教授に、神戸大学におけるデータサイエンス教育への取り組みや、ご自身の研究について聞いた。

学生が共通して関心を抱きやすい身近なデータを用意

―神戸大学の数理・データサイエンス教育について教えてください。

2022年度の入学者から神戸大学 数理・データサイエンス・AI教育プログラムの「リテラシーレベル」と、「応用基礎レベル」を全学部対象にスタートしました。

リテラシーレベルでは「情報基礎」とデータ解析やAIを活用するための「データサイエンス基礎学」の2科目を修得。全学部が履修可能で8割近くの学生が履修しており、1年前期で統計学の基礎やデータを分析するための基礎知識を習得します。その後、1年後期から応用基礎レベルに移り、コア科目である「データサイエンス概論」でAI基礎やデータエンジニアリングを学ぶほか、Pythonプログラミングの演習もあります。

―2年生以降のデータサイエンス教育はどのようになっていますか。

神戸大学では2年次の後期から高度教養科目が始まります。数理・データサイエンスセンターはその中のPBL(Project Based Learning)演習を提供しています。データサイエンスの知識を使って実社会の課題をグループワークで解いていくというものです。例えば大学内にある生協の食堂のデータをもらって、どの時期にどんなメニューが売れるのかなど、グループごとに課題を設定してもらい、Pythonなどデータサイエンスのツールを使いながら自由に分析してもらっています。

学生たちの身近なデータであることがポイントで、共通の関心事ならグループ内で盛り上がりやすい。PBL演習の科目自体は2年前からありますが、今年度から新たに「神戸大学 数理・データサイエンス・AI教育プログラム」内に組み込まれました。

図1:神戸大学 数理・データサイエンス・AI教育プログラム

企業、教職員、他大学生に向けたプログラムを水平展開

―社会人のリカレント教育にも力を入れているようですね。

2022年5月に数理・データサイエンスセンターにリカレント教育部門を設置し、本格的に社会人リカレント教育を行っていくことになりました。文部科学省から事業費助成を得て、2022年10月から、関西圏だけでなく関東圏からもリスキリングに関心のある企業にご参加頂き、組織内のDXを推進できる次世代DXリーダを育成するリカレント教育プログラムを開始したところです。

内容は基礎コア科目が2科目と、高度な課題解決型PBLも行います。PBLでは、神戸大学近郊の商店街に設定された複数の監視カメラ画像から個人情報をマスキングしたうえでデータ提供を受け、商店街の人流を分析。マーケティングに活かしていきます。

本プログラムは受講定員30名ほどですが、このほかにPBLを除く基礎コア科目のみのプログラムを800名に対し実施します。うち400名は教職員と他大学生が対象で、今年度は無償です。

数理・データサイエンスは若いうちからその考え方を身につけることが大事なのですが、そのためには教える側も変わらなければなりません。今、中学、高校の先生は大変です。リカレント教育に関しては、教育大学や教育委員会からのリクエストも多く、それに応えてこのプログラムを用意しました。

神戸大学は21年度まで全国に数理・データサイエンス教育を広めるための協力校として参加していたこともあり、近隣の大学から教育普及のリクエストももらっています。そこで社会人向けに展開しているプログラムをeラーニング化して近隣大学へ提供する活動についてもスタートさせます。

―数理・データサイエンスセンターでは他にどんな取り組みを行っていますか。

2021年度から中高生向けにデータサイエンスコンテストを開催しています。昨年は全国から83チーム、今年度は69チームの応募がありました。実データをマスキングした疑似データをある自治体から提供してもらっています。生徒はそのデータを見て自分でその自治体の課題を見出し、データ分析の方法と結果、その自治体への施策提案までをプレゼンテーションします。最終審査に残った7チームのプレゼンを拝見しましたが、参加した中高生のデータサイエンスに対する関心の高さや、分析能力の高さ、独創性に大変驚かされました。

図2:次世代DXリーダ育成プログラム

「連合学習」を用いて“振り込め詐欺”の送金を遮断

―小澤先生ご自身はどのような研究をしていますか。

私が大学院生だった頃は、ちょうど第2次AIブームだったこともあって、AIに関心を持ち、以来ずっとその研究をしています。私は工学部だったので、AIを社会に役立つ技術にできないか考えていましたが、当時AIはまだそこまでの発展を遂げてはいませんでした。

2012年に深層学習がブレイクスルーしたことで、企業や研究所などが持っているデータを用いて一緒に課題を解決する機会が徐々に増えてきました。総務省の情報通信研究機構サイバーセキュリティ研究所と共同で、サイバー攻撃に使われるマルウエアの挙動などを分析したことをきっかけに、サイバーセキュリティの研究も始めました。

また、自給率の低い日本の農業問題にも目が向き、どうすれば大豆など農作物の収量を増やせるか、農業研究者とスマート農業に関する共同研究もしています。

さらに、社会貢献という見地から最近一番力を入れているのが、振り込め詐欺などによる銀行の不正送金を検知して止める技術の開発です。国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(CREST)として2016年度から2021年度までの5年間、チームを組み研究していました。AIを使って口座の正常な動きでないものを見つけようとしているのですが、もちろん銀行は勘定系のデータを外には出せません。そもそも銀行の取引のほとんどが正常で、特殊詐欺に関係した不正取引は0.01%かそれ以下のレベルです。正しくAIが学習するためには複数の銀行が協調して不正な事例を出し合い、AIをトレーニングする仕組みが必要です。そこで「連合学習」という仕組みを使います。各銀行内のAIのモデルの更新情報だけを外に出してもらい、結合して全体で学習し、それをフィードバックします。千葉銀行、三菱UFJ銀行など5行が参加して、このアイデアが実際に可能であることを実証する実験を2022年3月まで行いました。2022年度からはJSTの「AIP加速課題」としてさらに3年間、社会実装に向けた研究に取り組んでいきます。

―不正を検知したらすぐに送金を止められるのですか?

必ず止められるわけではないですが、犯人側は1日の出金上限額まで複数回引き出そうとしますから、できるだけ早い段階でそれを検知し、阻止することを目標にしています。将来的にはマネーロンダリングなど、非合法なビジネスと絡んだ送金を見分け、防止する技術にまで高めていきたいと考えています。

海外ではデータサイエンスの学位を
主専攻にプラス

―小澤先生は、数理・データサイエンス・AI教育強化拠点コンソーシアムの調査研究分科会の委員もされています。どのような調査を担当しているのでしょうか。

アメリカ、ヨーロッパ、アジアなど海外の学生がどのようなデータサイエンスプログラムで学んでいるかを調査しています。具体的には、カリキュラムの内容や期間、求められる履修単位やどんな学位が取れるかなどで、日本全国の大学院のプログラムに反映するのが目的です。昨年度は地域を限定して調査し、その結果をコンソーシアムの加盟大学に限定して公開しました。今年は他の地域についても追加で調査しています。

―海外のデータサイエンスの教育プログラムはどんな特徴がありますか。

海外の大学では、複数の異なる専攻分野を主専攻として学ぶ、いわゆる「ダブルメジャー」制度があり、主専攻の一つにデータサイエンス分野が取得される傾向にあります。すでにMBAを取得している人が、仕事で必要性を感じ、あるいは転職を考えてデータサイエンスの学位を付加するなど、一度社会に出た後でデータサイエンスを学ぶことも珍しくありません。

主専攻ではなく副専攻として付与できる学位プログラムも提供されているので、目的に合わせて自己のステップアップを図りやすい。ビジネス分野だけでなく、さまざまな分野の人がデータサイエンスを身につけることで、多様な展開が可能になってきます。このように海外ではデータサイエンスは非常に注目されており、特に去年から今年にかけて、データサイエンスのコースが増えている印象があります。

どこの大学のどのコースを身につけたかが、社会に出たときに効いてきます。日本の大学も近い将来、学位制度の柔軟化が進み、データサイエンスが付加価値として人気を博すときが来るかもしれません。

Profile 小澤誠一

1989年、神戸大学大学院工学研究科修士課程修了後、1998年に博士(工学)取得。2000年から神戸大学准教授、2011年より同教授。2017年、神戸大学 数理・データサイエンスセンター副センター長、 2022年より同センター長。機械学習によるビッグデータ解析、特にサイバーセキュリティ、プライバシー保護データマイニング、テキストマイニング、スマート農業などを関心領域としている。