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「数理・データサイエンスと大学」インタビュー

第15回 滋賀大学データサイエンス学部 准教授 村松千左子 氏 データから意外なことが浮かび上がる
面白さを多くの女性にも知ってほしい

2017年、全国に先がけてデータサイエンス学部を創設した滋賀大学。19年にはデータサイエンス研究科も開設した。同学部で画像処理教育を担当する村松千左子准教授に、カリキュラムの特長や、まだ少ない女性データサイエンティストへの期待について聞いた。

データを活かすには文理両面の素養が必要

―滋賀大学におけるデータサイエンス教育の特長を教えてください。

本学では「文理融合型」の教育に力を入れています。データの加工や処理、分析には理系的な素養が関わりますが、分析結果を価値創造に生かすためにはむしろ文系的な素養の方が大いに必要です。そのため、本学部のカリキュラムには経済や経営、社会調査法など文系の講義も含まれます。また、統計学に加え、医療、交通、音声、画像、バイオインフォマティクス、心理学などの研究に携わる先生方、企業でデータ分析を手掛けてこられた河本薫教授や市川治教授など、バラエティに富んだバックグラウンドを持つ先生方が多数いることも特長で、幅広いスキルを身につけることができます。

「問題解決型学習」(PBL:Project Based Learning)にも力を入れています。保険業界など企業からの特別講師が、実社会においてどんなデータサイエンティストが必要とされているかを説き、実際のデータをもとに1年次から演習を開始します。3年次には蓄積した基礎知識を用いて保険戦略や、環境・交通・都市政策、あるいは音声・画像処理、バイオインフォマティクスなど、さまざまな分野に応じた演習を行っています。

―データサイエンス学部内での文系・理系の割合はどちらが多いのですか。

現在は文系の学生が6割ほどと多く(令和3年度入学生は理系約65%)、数学が苦手な学生も中にはいますが、1年次には数学や統計学を基礎から学ぶことができます。プログラミングでは、PythonやR言語を用いた演習を行います。

本学には学生が自由に参加できる「自主ゼミ」も用意されています。主に1~2年生を対象に有志の先生方がテーマを用意して短期で開講しているのですが、授業の合間を縫って学生が進んで参加しており、意欲を感じます。

私も2年前に、自主ゼミでディープラーニングによる画像解析の演習を開講しました。当時は画像系の講義がまだ少なかったことから自主ゼミで始めたのですが、現在は正式にカリキュラム内に組み込まれています。

―画像処理などの分野は、学生の関心が高そうですね。

本学には企業出身の先生がおられる影響もあって、学生もどちらかと言えば企業のPOSデータなど数値データへの関心が高いようです。けれども授業では幅広く画像についても知っておきたいと考える学生も多いですね。画像、音声、テキスト解析など、多方面に興味を示しています。

滋賀大学彦根キャンパス内にある登録有形文化財 滋賀大学経済学部講堂(旧彦根高等商業学校講堂)

AIによる医用画像解析で読影診断を支援

―村松先生の研究テーマについて教えてください。

X線、超音波、MR、CTなどの医用画像をAI技術を用いて解析し、異常部位の検出や病気の分類など、有用な情報を提供するシステムの開発に取り組んでいます。これまで、乳腺画像の良性・悪性を鑑別するシステムや、緑内障など眼の病気の早期発見・診断を支援するための眼底画像の解析、歯科画像の解析などを行ってきました。

現在は医用画像機器の性能が上がって詳細な画像を高速で撮影できるようになり、医師が読影する枚数も増えています。読影の際に疑わしい部分をコンピュータが指摘できれば時間短縮にもなりますし、見落としも防げます。

―歯科画像の解析では、具体的にどのような研究開発をしているのですか。

医師が患者さんの歯を一本ずつチェックしなくても済むよう、顎骨と歯の全体像が観察可能な「歯科パノラマX線画像」をAIで解析し、どの歯が虫歯で、どの歯が治療済みかなどのデータを自動的に読み取り、入力するシステムに取り組んでいます。画像はあるけれど、まだデータとしてシステムに入っていないものについて、コンピュータが一気に画像解析してデータをファイリングできたら便利だろうと考えたわけです。医用画像システムを手掛けている企業と共同研究しています。

このシステムは、災害や事故に遭われたご遺体の個人識別にも役立ちます。東日本大震災の津波被害では、家が流されてしまい、個人を識別するための生前のDNAデータが取れないケースが多くありました。そのため、個人の識別には歯科に残っていた患者さんの治療痕のデータが使われました。それを知り、歯科医の先生方と歯科画像解析の共同研究を始めたのです。ご遺体の歯を診るのは歯科医でも大変なこと。それを写真で照合できたら、識別する負担はかなり軽減されるはずです。

―医療系データサイエンスを専門に選ばれた理由は?

兄が薬学部に進んだこともあり、医療の分野に関心がありました。大学では放射線科学技術を専攻し、放射線技師の資格を持っています。卒業後シカゴ大学に留学し、メディカルフィジックス(医学物理)について学びました。日本で言えば「放射線科学」にあたる分野です。シカゴ大学内に「コンピュータ支援診断」に取り組んでいたラボがあり、そこで医療画像を解析して有用な情報を引き出す技術の研究を始めました。

私がシカゴにいた2008年当時は、まだ「データサイエンス」という言葉は流通していませんでした。「ビッグデータ」「データサイエンス」「データアナリティクス」といった言葉が一気にメディアに溢れるようになったのは2010年以降ですね。ただ、データから有用な価値を引き出すという、やっていること自体は当時も今も変わりはないのですけれど。

データ解析には女性の視点も欠かせない

―データサイエンスを学ぶ女性はまだまだ少ないですね。滋賀大学のデータサイエンス学部で女子学生の割合はどのくらいですか?

学部の学生は約100人いますが、女子は20人ほど。比率はまだ少ないですが、意識は非常に高いと見ています。

最初はプログラミングなどに苦手意識を持っていても、データを扱うことの面白さ、実地にやってみてデータからこんな意外なことが分かるんだということを知れば、プログラミングも苦ではなくなります。少しやってみて、できるようになってくると、どんどん面白くなってきます。私自身がそうでした。

2年生の応用演習では、学生はグループに分かれて、企業や国などの組織が提供するオープンデータを自分たちで解析し、その成果を発表します。あるグループが、都道府県別に自由時間の使い方について主成分分析を用いて解析をした結果、47都道府県中、滋賀県民は「自分のために使う時間」とボランティアなど「他者のために使う時間」のバランスが最もとれていることがわかり、学生たちは非常に驚いていました。

こうした解析の際に、女性の視点が入ることで、もっと多くの気づきを得ることができるはずです。解析では男女が共に協力し合うことが重要。だからこの分野にもっと女性が入ってきてほしいと思っています。またデータの分析はいつどこでもできるので、データサイエンティストは子育てとの両立もしやすいことも大きな利点です。

―「データサイエンス」という言葉も認知が広がってきましたね。

工学部の電子情報工学科というと、難しそうで何をやるのか分かりにくいですが、「データサイエンス学部」という名称だと、女性にとっても興味を惹きやすい。「ビッグデータ」や「AI」といったデータサイエンスに付随するキーワードも女性の関心を高める要素になっており、イメージ的にも敷居が大分低くなってきたのではないでしょうか。

今は高校の授業で「情報」を学ぶようになっています。本学でも、竹村彰通教授や他の先生方が高校を訪問してデータサイエンスの講義をしたり、県内外のスーパーサイエンスハイスクール(SSH)指定校と連携して交流を行ったり、データサイエンス入門講座を提供するなどして、データサイエンスへの関心を高める取り組みを行っています。早い時期にデータを扱う面白さに触れることで、データサイエンスを選択する女性が今後はもっと増えていくことを期待しています。

―村松先生ご自身は、データサイエンスの面白さはどこにあると感じていますか。

非常に幅が広いところですね。データの種類もPOSデータや画像データなどさまざまあり、どんな分野にも生かすことができるのが魅力です。それまで学んだことや、経験して蓄積したことを、次の新しいことにどんどん生かしていける。それによって自分の幅を増やしていくことができるのです。ですから演習などでは、いままでやったことのないこと、扱ったことのない分野のデータにチャレンジして、幅広い体験を積んでほしいですね。

村松千左子

父親の転勤に伴い、高校生活を米国で送る。帰国後、金沢大学医学部にて保健学科放射線科学技術専攻、2001年卒業。2008年、シカゴ大学生科学学部博士課程修了。岐阜大学工学部電気電子・情報工学科客員准教授を経て、2019年滋賀大学データサイエンス学部准教授。研究分野は、画像処理、医用画像解析、コンピュータ支援診断。