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「数理・データサイエンスと大学」インタビュー

第13回 文部科学省 高等教育局専門教育課企画官 服部 正 氏 プログラム認定制度のスタートで
データサイエンス人材の育成を加速

文部科学省は今年、内閣府、経済産業省と連携し「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度」をスタートさせた。政府が策定した「AI戦略2019」に基づくものだ。データサイエンス教育における国の狙いや、認定制度の内容について、文部科学省の服部正氏に聞いた。

「Society5.0」への移行やSDGsの実現を目指して

―政府が「AI戦略2019」を策定した背景となっている日本のAI活用の現状について、どのように見ていますか。

デジタル技術の進展により、私たちの社会は従来の情報化社会から、ビッグデータを活用してイノベーションを創出する「Society5.0」へと移行しつつあります。企業への期待値である時価総額の企業ランキングを見ても、10年前はトップ10内に入るIT関連企業はマイクロソフト1社のみでした。それが現在は10社中7社をIT系企業が占めるほどになっています。

このような大きな変化がなぜ起きたのかと言えば、データはあらゆる産業、社会インフラに変革をもたらすからです。AIの活用は人間の認知能力を拡張し、意思決定を高度化することができます。

しかしながらAIを含めデジタル技術やその活用に関して、わが国は十分な競争力を有する状態にはありません。AIの社会実装に本腰を入れて取り組まなければならないという危機意識のもと「AI戦略2019」が策定されました。

―「AI戦略2019」の戦略的目標の1つに、「AIの研究開発、人材育成、SDGsの達成を加速すること」とあります。AIとSDGsの結びつきをどう捉えればよいのでしょうか。

多様性を内包した持続可能な社会を実現するためには、非常に多くのステークホルダーを巻き込んだ取り組みが求められます。それには納得できる目標やエビデンスが必要になります。その解を導くために不可欠なのがデータサイエンスであり、AIなのです。

そして、私たちがAIを活用していくにあたっては「倫理」が問われます。データをどう使うのか、プライバシーや公平性、透明性などへの配慮が求められます。そうした点からもAIはSDGsと深く関わってきます。

―日本のデータサイエンス教育における課題はどこにあると見ていますか。

国際的な学力テストの結果を見れば、日本の学生は数学や理科の学力で決して劣ってはいません。しかし、社会の変化に即応した能力・知識を習得させるという教育体制面では諸外国と比べて遅れが生じています。

例えば、文系においてもデータサイエンス教育は不可欠との認識はあっても、なかなかカリキュラムの変革に踏み出せないでいるのが実情です。

そうした中、例えば、早稲田大学の政治経済学部が今年の入試から数学を必須科目としました。このように変革に一歩踏み出した大学もあります。ただ、それによって志望者が減るかもしれず、大学にとってはリスクもあります。チャレンジしている大学を、私たち文部科学省はしっかり支えていく必要があると思っています。

認定取得により大学のブランド力を上げる

―今年からスタートする「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度(リテラシーレベル)」の狙いについて教えてください。

「AI戦略2019」において、数理・データサイエンス・AIに関する人材については「リテラシーレベル」「応用基礎レベル」「エキスパートレベル」の3つのレベルに区分しています。

 「リテラシーレベル」の人材育成目標は、大学・高専生の卒業者数と同じ年間50万人、つまり、全ての大学・高専生に身につけてもらうということです。

これまでの文部科学省のビジネスモデルは、優れた教育モデルをつくった大学を拠点校として選定し、その優良モデルを広報することで他の大学にも広めていく方法を採ってきました。ただ、この仕組みだけでは、補助金を得られなかったその他の大学にとってはインセンティブが働きません。

そこで数理・データサイエンス・AI教育に熱心に取り組む大学の教育プログラムを文部科学省が認定し、それによって大学のブランド価値、競争力を上げていただこうというのがこの制度です。SNSの「いいね!」のように、評価が誰からも一目瞭然であることがポイントです。補助金と違って予算の枠を設ける必要がなく、条件を満たせば全ての大学・高専を認定することができます。数理・データサイエンス教育強化拠点コンソーシアムのモデルカリキュラムと、この認定制度の両輪で取り組みを進めていきます。

―リテラシーレベルの認定には、2種類あるそうですね。

優れたプログラムに対する「MDASH-Literacy(エムダッシュ リテラシー)」と、先導的で特色あるプログラムに対しての「MDASH-Literacy+(エムダッシュ リテラシー プラス)」です。

前者は「全学に開講していること」、「学修目標を定めそれを学生や社会に対してアピールする仕組みが設けられていること」などの基本的要件を満たせば認定されます。

後者については「履修率が全学生の50%を超えていること」「特色のある効果的な取り組みであること」などの要件を追加し、有識者の審査によって選定を行います。申請書類は少し増えますが、2つ同時に申請することも可能です。

すでに申請の受付を開始しており、順次審査を行い認定します。「プラス」の選定は7月以降になる予定です。

認定制度を応援するサポーター企業を募集

―認定の価値をどのように広報していきますか。

学生を採用する側の企業がこの認定制度を応援していただけるようになれば、学生も認定を取得した大学に進みたいと考えるようになります。そこで経済産業省と協働して認定制度を応援してくれる企業を募っていきます。サポーター企業が増えていけば、大学や学生にデータサイエンスの重要性を気づいてもらえます。また認定校の出身で、社会の様々なセクターで活躍している人材にもスポットを当てて広報していこうと考えています。

―「応用基礎レベル」の認定制度については?

内閣府の認定制度検討会議において制度に関する報告書が、加えて、数理・データサイエンス教育強化拠点コンソーシアムの特別委員会においてもモデルカリキュラムがとりまとめられました。

「応用基礎レベル」の人材育成目標は年間25万人。リテラシーレベルと違い、実践面に重きを置き、各専門分野で使いこなすための基礎知識を身につけてもらいます。各分野共通のコアになる部分と、分野ごとに選択的に身につけるべきポイントについても、モデルカリキュラム内で参考例を示していきます。

―応用基礎レベルに入ると、専門分野によってカリキュラムに違いが出てくるわけですね。

そこが一番難しく、モデルカリキュラムを整備する特別委員会でも苦労された部分でした。

応用基礎レベルの対象は学部の3、4年生。当然、既存の専門教育のカリキュラムもあるので「数理・データサイエンス・AI」としては最大4単位程度を想定した議論が行われました。その上で既存科目に関しても、データサイエンスと関連づけられる部分は活用してカリキュラムを組みましょうという考え方です。それによって大学側も、専門教育とデータサイエンスの関係性を意識的に考えるようになる良い効果が生まれると思います。

データによるエビデンスに基づいた研究スタイルへ変化

―文系教育にデータサイエンスを導入することで、企業活動だけでなくアカデミアの世界にも変化が期待できますね。

そのとおりです。文学や法学、経済の分野におけるアカデミックのエビデンスは、これまで過去の著作や論文に負っていました。なぜなら社会実験をしようにも現実的に難しいからです。

そこにデータサイエンスが入ることで、仮想的な社会実験のデータが取れるようになります。データによるエビデンスに基づいた新しい学問的価値が生み出せるようになる。これまでの研究スタイルが確実に変わっていくでしょう。

―オープンサイエンスの推進にもつながるのでは。

誰もがデータを扱うスキルを持っていなければ、オープンサイエンスは実現できません。一方で、過去の知識を電子化する地味な作業に投資する必要があります。データが電子化され、容易に加工でき、関連性を持たせて分析できるようにしておかないといけない。では、どの分野のどこからデジタル化に手を付けていくか。プライオリティに関しては戦略的に考えておかないと、無駄な投資になる恐れがあります。資源配分する立場のわれわれとしては、その設計をどうしていくかがこれからの課題ですね。

Profile 服部正

文部科学省 高等教育局 専門教育課 企画官。大阪大学大学院・原子力(修士)卒。2002年文部科学省入省。主に、科学技術行政に従事。在カナダ日本国大使館一等書記官(科学・教育担当)、内閣府にて統合イノベーション戦略、バイオ戦略の策定などをこれまで担当。現職においては、高等教育における数理・データサイエンス・AI 教育、DX、インターンシップなどを担当。