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「数理・データサイエンスと大学」インタビュー

第14回 立正大学データサイエンス学部教授 渡辺 美智子 氏 統計的問題解決力をどう育むか
カギを握る多様な「経験価値」

2021年4月、立正大学は新たにデータサイエンス学部を創設した。同学部の渡辺美智子教授は、日本統計学会の統計教育委員会メンバーであり、国内外の統計教育にも造詣が深い。世界各国と日本の統計教育にはどんな違いがあるのか。またデータサイエンス教育で最も重要なことは何か、考えを伺った。

欧米の教育改革に危機意識

―渡辺先生は世界各国の統計教育について調査され、教育内容や評価法の研究に携わってこられました。世界の統計教育の潮流をどう見ていますか。

既に30年前から現在の国際的な教育動向を先導する代表的なレポートが欧米で次々と発表され、21世紀に向って国民が持つべきワークフォース・ワークスキルとは何なのか,またそれを国の教育体系の中でどう育成するのかの指針が示されています。1992年の米国のスキャンズレポートを皮切りに、英国のデアリングレポートなどで、その中でデータに基づく実践的な統計的問題解決力、思考力の育成を国家戦略として振興し、経済・社会の構造改革と持続的な発展が促すことが明記されています。

印象的だったのは、既存の知識・技能の量というハードスキルを競うことから、新しい未知の局面で、自ら学び変革する力が強調され、創造性と革新性,批判的思考力と問題解決力,コミュニケーションとチームワーク力などのソフトスキルの育成に舵が切り替えられていたことです。このような行動特性は、大学で短期間で教えたら身に着くものではないので、「政府はスクールゲートを叩け」ということで、初等教育から高等教育、社会人のリカレント教育に至る体系的な視点で、PBLを核にした教育方法の変革の必要性が強調されていました。日本でも遅れて、「学士力」、「人間力」、「社会人基礎力」の育成が政府報告書で出ましたが、データに基づく統計的問題解決や意思決定力、ICTの活用力と結びつけて具体的に育成するところまでは、当時は及んでいなかったのが残念です。

―日本と欧米では統計教育に関する方法や内容に違いがありますか。

統計学を教えるのか、統計的問題解決の実践、いわゆるデータの活用の仕方を教えるのか、この違いがあります。統計量の計算の公式や確率分布モデルの関数や各種の統計手法の数理を最初に間違いなく教えることについ意識がいっていましたが、欧米の統計教育がどの学年でも強調したのは、データに基づく問題解決のプロセス「PPDACサイクル:Problem=問題の定義(リサーチクエッション)、Plan=解決に至るデータ収集、分析の方向などの計画、Data=データの整理と整形、Analysis=データの分析、Conclusion=結論」でした。

実はこれは日本の生産現場における改善活動、顧客中心主義の品質創造活動「PDCA」と関連しており、「スキャンズレポート」でもそのことが取り上げられています。「KAIZEN」志向と思考のプロセスが80年代後半から世界に広まり、教育改革に繋がっていきました。PDCAサイクルにはデータの取得(?)と分析の明示がないので、海外では、PPDACサイクルやシックスシグマのDMAICサイクル※1として、教育と産業のそれぞれのフィールドで広がっていってます。

2000年に入るとPOSデータなどの大規模データからの探索的知識発見として、「データマイニング」のブームになり、その際も、データマイニングサイクル CRISP-DM※2などがデータ分析プロジェクトのプロセスモデルとして出てきています。2010年頃のビッグデータの出現以降、このサイクルは、データによる学習と知識獲得のためのデータサイエンスサイクルとして進化しています。データを活用した問題解決の木の幹をしっかり教え、枝葉の知識を統合化する統計教育改革が現在のデータサイエンス教育にも繋がっているわけです。

―数理・データサイエンス教育拠点コンソーシアムに関して、どう評価されますか。

大学教育をマスで変革させていくことは、元来、非常に難しいことです。コンソーシアムによって、数理・データサイエンス・AIに対するモデルカリキュラムが提示され、加えて、従来日本になかったデータサイエンス関連の学部・学科や教育研究センターの新設も急増し、連携校を含めると130を超える大学が加盟しており、高等教育のFDが大学をまたがって活性化しています。

あとは、現実課題をデータ駆動型の思考力で解決していく訓練をするために、産官学の連携体制を人材育成の視点で強化し、課題解決の実践と実装の知恵を如何に教材化して提供できるのか、そのプラットフォーム作りに期待しています。

必要なのは社会をどう変えていくかを考える人

―近年はデータサイエンスと合わせて、AI教育の重要性も叫ばれています。

AIは言うまでもなくこれからの社会のあり様を大きく変革してくる重要な技術です。AIによる判断が何に基づいて行われているのか、そのことが国民のブラックボックスになってしまうような教育にしてしまってはいけません。AIの判断は、データに基づいて行われる統計的な判断で誤差や誤判断のリスクを伴うこと、ビッグデータは如何にサイズが大きくても、未来を知る上では、あくまでも標本に過ぎないことなど、通常の統計リテラシー、データリテラシー教育と密接した内容で教えられる必要があります。一方で、データから予測や判断ができるという、データの価値や威力もしっかり理解させないといけません。その上で、AIをデータ駆動型の分析のツールの一つとして使いこなす教育が望まれていると思います。とくに、AIをSFのように捉えたり、プログラミング技術だけで捉えるのではなく、データに基づく問題解決のプロセスを具体的な文脈に即して実行しているというような、大まかな概念理解ができるといいかと思います。

―文系の学生に対しデータサイエンスを学ぶ必要性をどう説きますか。

AIやデータサイエンスは、第4次産業革命技術として認識されている新しい道具です。よく学生には、ランプが電気に変わり、馬車が自動車に変わるように、変わっていくことが明確でも、時代の転換点では新しい技術の存在を知らないか、または技術に懐疑的な多くの人は、古い道具の改良に固執し日常の不便に気づかず過ごしている、いち早く、新しい技術に慣れどう生活に活かすかを考え始めることが生存のためのビッグチャンスであることを伝えます。人間中心主義の社会変革を促進していくために、現在、最も多く必要とされているのは、この新しい技術で、社会にいままでなかった新しいサービスや価値を創造し、私たちの生活をデザインし直す設計者だと思います。その意味で、社会や経済、日常や人間行動に関心があり、課題への気づきや課題に共感する力を持っている人こそ、その役割が担えるので、従来のような文系と理系の垣根はないのではないでしょうか。もちろん、この技術の進歩に貢献する研究者育成も大切ですが、技術を社会に活かす人材はもっと必要です。自動車の運転者が必ずしもメカに強いエンジニアでなければならないということはないのです。

文系には文系に即した教え方がある

―2021年4月に立正大学の熊谷キャンパスに「データサイエンス学部」が開設されました。定員は240名。文系、理系を問わない「文理融合型」のカリキュラムを採用しているそうですね。

文系や理系の壁を意識することなく、学生の興味関心にフォーカスして「やりたいこと」に即して、データサイエンスによる問題解決の一連のプロセスを自身で回すことができるようになるように、カリキュラムが組まれています。文系の学生は合理的です。何のために、というゴールが分かれば、自分からプログラミングでも必要な数学でも、深く学ぶことができます。具体的な事例で自分なりに解を構成する面白さを知れば、後はどんどん成長できるでしょう。学ぶ意欲を4年間、継続できるように、カリキュラムが構築されています。データサイエンスやAIに関して、予測、分類、パターンの発見、異常検知などの具体的な考え方とスキルをビジネス、観光、スポーツなど、豊富な実践事例を通して具体的に学ぶことで、社会でどのような場面に遭遇しても、そのスキルが転用できるようになります。

―データサイエンス教育で、渡辺先生が重視していることは何ですか。

グループで課題解決に向けて皆が知恵を出し合い、その過程を共有することです。データサイエンスの実践では、最初の発想から、分析・解釈し、結論を導いたり結果を価値に結びつけ何らかの提案をするプロセスにおいて多様な価値観が入ってこないと、隠れている大事なものを見落としてしまいます。そのため、文系理系、性別、国籍、アスリートや一般学生を問わず、いろいろな経験価値を持った人が集まって、多様な意見を出し合い、かつスキルの過不足を助け合って埋めあう過程が重要なのです

データサイエンスのグローバルセミナーに出席した際に、Googleのトップデータサイエンティストが語った「データサイエンティストにとって最も必要な能力は、ストーリーテリングの能力である」がとても印象に残っています。社会課題に共感し、データ×デザイン×デジタルで解決を語る人材の育成が鍵になると思っています。

渡辺 美智子

福岡県生まれ。1981年、九州大学大学院 総合理工学研究科情報システム学専攻修士課程修了。理学博士。日本学術会議連携会員。関西大学経済学部助教授、東洋大学経済学部教授、慶應義塾大学大学院教授などを経て、2021年より現職。研究テーマは、観察データに基づく因果分析、潜在構造分析、統計・データサイエンス教育など。2012年に「第17回 日本統計学会賞」、2017年に科学技術分野の文部科学大臣表彰受賞。主な著書に『EMアルゴリズムと不完全データの諸問題』(多賀出版)、『身近な統計』(放送大学)などがある。放送大学「身近な統計」、「デジタル社会のデータリテラシー」主任講師。