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「数理・データサイエンスと大学」インタビュー

第9回 九州大学大学院システム情報科学研究院情報知能工学部門教授、
数理・データサイエンス教育研究センター センター長 内田誠一 教授
オープンマインドの連携で
専門分野の壁を超える

データサイエンス教育の拠点校であり、九州・沖縄ブロックの幹事校も務める九州大学は、コンソーシアム設立以前から独自のデータサイエンス講座を展開してきた。その蓄積を基に、現在は「オープンマインド」を合言葉として学内外で分野を超えた連携を進めている。数理・データサイエンス教育研究センター センター長の内田誠一教授に、これまでの取り組みと将来の展望を聞いた。

卒論生や院生の“駆け込み寺”となる特別講座

―九州大学数理・データサイエンス教育研究センターのポリシーを教えてください。

センターが設置されたとき、私は”Open Science and Open Education with Open Mind“をスローガンとして提唱しました。なかでも大事にしているのが「オープンマインド」の部分です。

いまや、理系・文系を問わずどの分野でも、データ解析をしなければ論文さえ通らない時代です。学生がどの企業に就職しても、データ解析が必要になってくる。あらゆる分野の人にデータサイエンスを教えなければいけない状況です。そこで、全学部の学生に対し、「共に学ぼう」と呼びかける気持ちを大切にしたいと思っているのです。

―どのようなデータサイエンス教育を実施していますか。

データサイエンス教育強化拠点コンソーシアムの始まる前年の2016年から、全学の学生に門戸を開いた「データサイエンス実践特別講座」を開いています。卒論生や修士の大学院生など、自分の研究テーマが決まっていて、指導教員からデータ解析をしておくようにと指示されたもののどうしていいか分からず困っている学生を対象にした、“駆け込み寺”です。

ここではベクトルといった数学の基本から、機械学習やAI、ニューラルネットワークなどを使った画像解析や時系列解析といった応用寄りのところまで、幅広く教えています。また、一人ひとりに研究テーマや困っていることをプレゼンしてもらい、コンサルティング的に個別の相談にも乗っています。

―受講状況はいかがですか。

年々受講者が増えており、最近の受講者は年間にのべ100人。コンサルティングも10~20名行っています。ほとんどの学部では単位にならないにもかかわらず、文理を問わず多くの学生が熱心に参加してくれるので、教える側としてもやりがいを感じています。

こうして「各研究室に1人か2人は、データ解析が得意な人がいる」という状況になれば、その人が周囲の学生に教えることができる。そうして点が面に広がることを狙っています。講義で使用したスライドは、分かりやすい、難しいといった学生たちの声をフィードバックして修正を重ねてきました。

分野ごとに必要な手法を低年次から教える

―リテラシー教育では、どのような取り組みをしているのでしょうか。

2年前から、学部1年生向けに「低年次向けデータサイエンス実践教育」を開講しています。特別講座を受講する高年次の学生たちが困ることが多い理由は、低年次にデータサイエンスに関する講義に興味が持てずに学ばなかったことがあるからです。いずれ必要になることが分かっているなら、低年次から教えたほうがいい、と考えて始めたものです。

幸い、特別講座を受講した高年次の学生のテーマと、使用した解析手法の例は蓄積されています。たとえば、文系はアンケート結果の解析が多いですし、理学部のバイオ系やメディカル系は少ないデータから結論を導くことが求められるので、統計的検定の知識が必須となります。また工学系は実データの波形や画像を扱う場合が多い、といった具合です。

そこで、先輩たちが分野ごとにどんな解析を必要になるかを、実例を交えて取り上げることにしたのです。カフェテリアのように「検定」「画像工学」「ベクトル線形代数」など、いくつものメニューの中から、受講クラスごとにそれぞれのニーズに沿ったテーマを組み合わせ、教える内容をカスタマイズしていることがポイントです。

部門ごとに“アンテナ”教員を配置

―コンソーシアムが組織されてから、どのような変化がありましたか。

数理・データサイエンス教育研究センターが創設されたことで、およそ8人の担当教員を雇用し、文系や芸術工学部,そして病院を含めた様々な学部に配置することができました。

彼ら担当教員は、文系から理系まで多岐にわたる分野のエキスパートで、データサイエンスの知見を持つ研究者です。各学部の動向やニーズを把握するキーパーソンという意味を込めて、彼らを“アンテナ”と呼んでいます。アンテナ教員には、それぞれの学部生が困ったときの相談窓口の役割も担ってもらっています。

―異なる分野間の連携について、工夫されている点はありますか。

データサイエンスを活用する研究を対象とした助成プログラムを立ち上げ、助成を受けた教員には年に一度、学内の研究集会でプレゼンしてもらっています。われわれにとって、各分野のどのような研究でデータサイエンスがどう活用されているのかを専門家からリアルに収集する貴重な機会です。経済や文学、理学、医学、芸術・工学など分野を横断して数十人の研究者が集まって発表するというのは、他の大学ではあまりないと思います。

これがめちゃくちゃ面白い。最近は、どの分野においても急速にAIが使われるようになった、などとトレンドが把握できるのもメリットの一つです。

研究集会の翌日には、1泊の合宿もあります。アンテナ教員を中心に、希望する学生も交えた40人ほどが集まって、各分野でのデータサイエンス活用事例を紹介したり、自分自身の研究成果を発表したりするものです。これもまた多分野の専門家が意見を交わすイベントとして非常に面白く、私も毎年楽しみにしています。

―組織のタテ割りを打開することにもつながりますね。

こうしたすべての取り組みは「分野の壁を超える」という目標に根ざすものです。フェイス・トゥ・フェイスで交流していると自然に関係性が深まり、そこから共同研究の芽も生まれてきています。人文系の心理学研究者と芸術系の生体リズム研究者が一緒にリサーチプロポーザルを作成するなど、データサイエンスが接着剤となった協働の事例も出てきました。

九州大学は学際の「統合領域大学院」を創設するなど、昔から学部や専門の間の壁が低い、風通しのよい伝統があるように思います。

先行公開中の教材をさらに分かりやすく

―内田先生は、コンソーシアムの教材分科会の委員として、リテラシーレベルの教材開発にも携わっていますね。

センターのウェブサイトには、前述のデータサイエンス特別講座や実践教育で使ってきた教材をスライドシェアし、誰でも閲覧できるようにしています(http://mdsc.kyushu-u.ac.jp/lectures)。コンソーシアム用の教材は今、これをベースにして作っているところです。当初からイラストを多用し、数学が苦手な人にも見てもらえるように工夫しているものですが、さらに数式を減らすなどさらにわかりやすく、データ解析の面白さを伝えられるようにするつもりです。

―公開中のスライドはどのような内容ですか。

随時アップデートしていて、現在はデータサイエンス概論第一と第二を合わせて25単元分を公開しています。第一は「データとは何か」から始まり、線形代数などの数学や画像認識、深層学習といった基礎まで。第二では、Pythonの使い方から主成分分析や画像処理までの演習を取り上げています。

なかには閲覧数が1万件を超えるスライドもあります。たとえば、「データ間の距離と類似度」。データ解析では、データ間の距離をどんなものさしでどう測るかによって、結果がまるで違ってきます。それだけに、考え方の基本となる重要な項目なのです。学生たちがその重要性を嗅ぎつけてくれた結果が、閲覧数に表れているのだとしたら嬉しいですね。

大学間連携のための窓口整備もミッション

―九州大学は九州・沖縄ブロックの幹事校でもありますが、ブロックではどのような活動をしていますか。

今年度は昨年の5月に第1回、7月に第2回のワークショップを福岡市内で開催しました。九州では宮崎大学、沖縄では琉球大学がコンソーシアムの協力校ですが、メンバー校にこだわらず全九州の大学に声を掛けたところ、第1回には7校、第2回には16校が参加。九州以外からも、信州大学と愛媛大学が参集してくれました。

ワークショップでは、各大学から「データ解析を教えるには実例が必要」という声が多く上がりました。そこで、当校のアンテナ教員たちが合宿で発表した資料を公開することになり、これも今、準備をしているところです。

余談ながら、実はこの声がけでは苦労しています。意外に思われるかもしれませんが、大学間のメーリングリストなどが存在しないからです。コンソーシアムができたことでメンバー校との連絡は取りやすくなったものの、今後、より多くの大学へデータサイエンス教育を展開するうえでは、窓口の整備が欠かせません。それも、われわれ拠点校のミッションのうちだと考えています。

―最後に、内田先生の考えるデータサイエンスの展望をお聞かせください。

学問を志す人は、分野を超えて皆、手を携えていけばいい――。僕は心からそう思っています。実際に、データサイエンスが共通言語となって、相互理解が進むダイナミズムも実感しており、今後ますます面白くなっていくだろうと期待しています。

Profile 内田誠一 教授

博士(工学)。1992年九州大学修士修了。セコム株式会社IS研究所を経て、07年より同大教授。17年、同大より主幹教授の称号付与。九州大学 数理・データサイエンス教育研究センター センター長就任。2019年、文部科学大臣表彰(研究部門)受賞。専門は画像情報学、実データ解析、機械学習応用。