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「数理・データサイエンス・AIと大学」インタビュー

第24回 香川大学大学教育基盤センター
センター長 高橋 尚志 教授
看板である「防災」とデータサイエンス・AIを
掛け合わせたプログラムを他大学へ提供

四国ブロックの代表校である香川大学は、師範学校と高等商業学校をルーツとし、国立大学にあって文系色が強い大学だ。しかし近年は、「情報コース」や、地域活性化のためのイノベーターを養成する「DRI教育※」が注目され、履修する学生を増やしている。同大学でデータサイエンス・AI教育を主導する「大学教育基盤センター」の高橋尚志センター長に、取り組みを聞いた。

※「デザイン思考(Design thinking)」「リスクマネジメント(Risk management)」「インフォマティクス(Informatics)」の頭文字を取ったもの。持続可能な地方分散型社会の実現に貢献する人材の育成を目標としている。

先行していた「DRI教育」を応用基礎として再編

─香川大学のデータサイエンス(DS)・AI教育の取り組み内容と特徴を教えてください。

国立の総合大学では一般に理系、自然科学系の学部・学科が多いのですが、香川大学は出自がやや変わっていて、旧制の師範・青年師範および高等商業学校がルーツとなっています。その後、農科大学や医科大学との統合などがあり、現在は教育、法、経済、医、工(現、創工)、農の6学部となったものの、専門分野が人文社会科学系の学生が多く、文系色が強い大学です。理系にしても農・工・医は純粋基礎科学というよりいわば応用科学で、数学・統計などの基礎的な部分を教育研究する理学部などはありません。

ですから、DS・AI教育に取り組むことになって何が困ったかといえば、教えられる先生、さらに言えば数学に通じている先生があまりいなかったことです。他大学では、数学者を中心に、理学部や理工学部の先生がDS・AIの授業を受け持たれたのだろうと推察します。

幸い、工学部――名前を変えて創造工学部となりましたが、その中に情報科学やDXを扱う「情報コース」があり、当初はそこの先生方や、学内外の情報ネットワークの管理を担う「情報メディアセンター」におられた先生方に併任でDSの基礎を講義していただきました。けれどもずっと負担増をお願いするわけにもいかず、悩んだ末にオンデマンドの教材による「eラーニング」を取り入れました。

リテラシーレベルについては、全学必修に課している「情報リテラシー」を改変する形でプログラムをつくりました。1年生を対象に開講される「情報リテラシーA」と「情報リテラシーB」の2科目があり、座学と演習の「A」は対面の授業で行い、データサイエンスの基礎知識を学ぶ「B」にeラーニングを取り入れました。

─「応用基礎レベル」に関してはどのように対応したのですか。

これについても悩みました。理学部があり、データサイエンスのコースを有している大学であれば、既存のカリキュラムを応用基礎レベルに合うように再編成できます。けれども私たちには元になるものがありませんでした。

目を付けたのが本学の「ネクストプログラム」――いわゆる副専攻の制度です。実は本学で「情報」に加えてもう一つ力を入れているのが「DRI教育」です。イノベーションを創出するデザイン思考の「D」、リスクマネジメントの「R」、インフォマティクスの「I」ですね。インフォマティクスについては、「数学」と「情報」を融合した「数理情報」として捉え、データサイエンスやビッグデータ、AIなどを修得するもので、今の香川大学の強みになっています。

副専攻のプログラムにかなり高度なこの「DRI」の専攻を設けていたので、その内容をベースに編成し直し、「応用基礎レベル」のプログラムとして学生に提供することとしました。DRI教育に取り組んだことで、多くの情報系、DX系の先生方を講義担当として呼び寄せることができたことも大きかったと思います。文科省に申請したところ、「リテラシーレベル」「応用基礎レベル」共に認定をいただき、ほっとしました。

四国はリテラシーレベルの認定取得率50%超え

─「教育強化拠点コンソーシアム」における香川大学の活動について教えてください。

2022年度からコンソーシアムの第2期がスタートし、その際に香川大学は特定分野校18校の1つに選定されました。特定分野校は、さまざまな専門分野にDS・AIを応用するための教育手法や教材等の普及・展開について積極的に取り組む使命があります。

本学は「防災と危機管理」を看板にしていて、創造工学部内に「防災・危機管理コース」を設けているほか、大学内に「四国危機管理教育・研究・地域連携推進機構」を創設し、その下に危機管理先端教育研究センターなど複数の防災関係のセンターを有しています。そこで危機管理学とデータサイエンスを掛け合わせるような形で新しいプログラムを作成しようと考えました。

防災関係では、南海トラフ地震の影響を受ける地域でもあるので、どこにどれくらいの津波が来るかを推定するなどの研究や、衛星写真をAI解析する研究などを進めています。その際に膨大なデータを活用することが必要となります。

活動としては、本学で作成した防災・危機管理の教育プログラムを横展開していくことが主となりますが、ほかにも前述したネクストプログラムにもう少し高度で大学院生も学べる「危機管理学×データサイエンス」という副専攻もつくり、去年から学生を受け入れています。

ちなみに本学は、コンソーシアムに四国ブロックができた際に、その代表校も務めることになり、現在に至っています。

─四国ブロックでコンソーシアムの会員校となった大学はどのくらいありますか。

文科省のカウントでは、高専も含め37教育機関あります。大学などの数では他のブロックに比べて少ないと思いますが、数が小さい分、声が届きやすく、いろいろと話を聞いていただく環境はできています。またコンソーシアムへの加入率で見れば、四国ブロックは全国でトップです。情報のやり取りが比較的簡単にできますから、「うちの大学もリテラシーレベルで認定に挑戦したい」という大学等には、プログラムのつくり方などノウハウを積極的にお知らせしています。リテラシーレベルの認定を取得した学校が50%を超えているのは四国だけです。

─小さいながらも普及率が高いブロックなんですね。

リテラシーレベルに関してはそうです。ただ、代表校である香川大学だけで普及に取り組んだわけではなく、四国4県に1つずつ国立の総合大学があり、それぞれが協力してノウハウを伝えるなど活動を進めていただいた結果です。現在も4県の、鳴門教育大学も含めた5大学でことあるごとに相談をしながら進めています。5大学間で競争もあるのですが、DS・AI教育に関しては、競争もしながら協力し合っている感じです。

DSを駆使して電子の「スピン」の向きを調べる

─高橋先生のご研究内容について教えてください。DSはどのように関わっているのでしょうか。

私は物理学の中でも表面物理学と呼ばれる領域の研究者です。ガリウムヒ素半導体の上に何かしらを少し吸着させるとどうなのか。もう少し吸着させるとどうなのか。さらに吸着させるとどうなるかという実験をやっていました。表面をきれいにした真っ平らな半導体表面があるとして、例えばそこに本当は原子なんだけど仮に塩粒だとして、その塩を振るとポツポツと粒が載りますよね。それを繰り返していくとやがて表面一面が塩で埋まる。一つのフィルムができることになります。さらに塩を振っていくと2層目、3層目ができ、層状になっていく。

私達が普段目にする世界はマクロな状態ですが、もっともっと小さい、今触れた1層2層などの世界では、まったく違うミクロな仕組みがあって、そこで起きていることは量子現象です。「反応素過程」と呼んでいるのですが、最初に一粒振ったときに、実は何かしら力が働いて、もう一粒振ると、次は違う力になる。ずっと表面に物を積み上げていくと、電子の様子や「スピン」と言って、まるで電子が回転しているかのような物理量があるのですけど、その向きが変わったりするのです。テクノロジーの用語では「スピントロニクス」と言いますが、そういう現象を見るのがとっても面白いのです。

もう少しだけ具体的に言うと、例えばスピンの向きがランダムだったのが、ある特定の条件の場合に、その向きが揃っていく。すると表面の薄いところでそれが見えてくる。見えてくるというか、それこそデータを駆使して計算して、わかってくる。回転の状態を見るためにDSを活用しているのです。

電子のスピンの向きが一方向にそろった強磁性体を半導体デバイスに応用すれば、情報処理を高速化したり消費電力を減らしたりすることができます。

─量子力学の世界は難しそうです。本を読んでみても「量子のもつれ」とか、まるでついていけません。

二つ以上の量子が、互いに空間的に隔たっていても、ある量子を観測すると、他の量子も瞬時に影響を受ける――観測した情報がもう一方に伝わったことになるのですね。一方が宇宙の果てにあっても、光速よりも早く情報が届くことになる。ではその情報は何に乗っているかというと、何にも乗ってはいないと。分からないですよね。たぶん理解しようとしたら駄目なんですよ。

─そこが面白いのですか。

面白いです。わけが分からないから面白いのです。何もかも分ってしまったら面白くありません。

本気の「高・大連携接続」を考える必要がある

─最後に今後のDS・AI教育についての展望をお願いします。

今は国がショック療法的に予算をかけてDS・AI教育の全国展開を図っています。その次のフェーズとして――これは私の個人的な考えですが、本気で「高・大連携接続」に取り組む必要があります。大学側は入学してくる新入生をただ手をこまねいて待っているのではなく、周囲にいる高校生たちを皆で一緒になって教育しようという発想にならなければいけません。高校では探究活動が取り入れられていますが、高校の先生方がその指導に大変ご苦労されているのを見聞きします。そこで求められるのが、よくある高校出前講座などではなく、高大連携を通じて、大学教員が高校へ出かけて行って、あるいは高校生たちに大学の研究室に来てもらって彼らの探究を支援することだと思うのです。こういったことが一部で取り組まれ始めているのですが、もっと広げる必要があるのではないかと思います。また、高校の先生方へのトレーニングや育成も行う必要があります。

もう一つ、教育をして社会へ送り出すのがわれわれ大学の役割ですが、一方的に送り出しても、出した先の企業が実は困っている。大企業の中には自前の教育プログラムを持っているところもありますが、中小企業ではそうもいかない。四国は中小企業が多く、データサイエンス人材の必要性は理解していても、何をしたらいいかがわからない状態にあります。ここにいる学生たちがまさに求めている人材であるのに、それがなかなか伝わらない。ある種のマッチングが必要だと思います。

もう少し日常的に企業の方々が大学の中に入ってこられるように、あるいは大学も企業と行き来ができるように、垣根を取り払う作業をわれわれがやらなくてはいけない。高・大の連携接続に加えて、さらに大学と産業界との連携・接続が必要になってくるだろうと考えています。

国の財政も厳しいですから、限られた予算の中で、知恵を絞って本当に必要と考えられることをやっていく必要があります。そのためには地域での連携、大学間の横の連携、さらには高等教育機関での連携が、これから必須になります。そういうところから次の新しい大学の姿を、10年後を見据えてわれわれがつくっていかないといけないと考えています。

Profile 高橋 尚志(たかはし なおし)

1992年、金沢大学理学部物理学科卒業後、1994年、同大学院理学研究科修士課程修了。1997年、総合研究大学院大学 数物科学研究科博士課程修了。博士(理学)。2012年、香川大学教育学部教授。2017年より香川大学大学教育基盤センター長。研究分野は表面界面物性、薄膜、科学教育。取材後、「今年はハイゼンベルクが量子力学を提唱して100年目にあたり、国連が『国際量子科学技術年』と定めました。そのことをぜひ覚えて帰ってください」と熱く語るほど、量子力学に魅せられている。